「さん、最近来ませんね〜。ほんと、連絡とってないんすか?」
「ああ。とってない」
鉄板に肉を並べる手を止めず、鉄郎はススキの問いに簡潔に答えた。
「はぁ、もう一ヶ月っすよ?男だけで面付き合わせてるのも、わびしくないですか?」
不満を口にしながら、ススキがカウンターの向こうでお好み焼のタネをぐりぐりと混ぜている。
隣に座る友人からの、もの言いたげな視線に気付かないフリをして鉄板の上の肉の焼き具合を確かめる鉄郎に、とうとう三嶋がぼそりと訊ねた。
「・・・・・・本当に送り狼になった、とか・・・?」
「なってねぇよ」
言って肉の上にタネを流す。信じてないのか、不満気な三嶋の視線に思わず小さく舌打ちがもれる。
「あんな人でも、やっぱ女の人だったつーか、いると違うつーか。あぁあ、やっぱ聞いとけばよかったかな〜」
ススキの言葉に三嶋と二人して顔を上げれば、アルミボウル抱えて難しい顔をした金髪碧眼の不良店員がいた。
「ほら、あの日ちょっとさん、おかしかったじゃないっすか?妙にハイテンションつーか、無理してハッチャケてるつーか・・・・・・何か悩んでるんなら、無理にでも聞いとけば良かったかなーって」
「・・・・・・・・・ススキが他人の心配が出来る人間だったとは知らなかった・・・」
「何すか!?三嶋さんよりは他人への気遣いが出来る人間ですよ、俺は!!!」
鉄郎よりも早く衝撃から立ち直った三嶋の、少々問題な発言にススキが抗議の声を上げる。
の違和感に何となく気付いていた三嶋には「風邪気味で熱があったようだ」と言っておいた。嘘ではない。実際、遺伝子改造の副作用で微熱があったようだったから。
ススキや、ましてや〈トランスジェニック・ジャンキー〉に対してトラウマに近い感情を持っている三島に対して、が遺伝子改造をしていたことは告げていないし、告げるつもりもない。鉄郎から言うことではないと思っている。
それでも、そろそろが顔を見せないことを誤魔化しているのも苦しくなってきた。二人に何と説明したらいいのか そろそろ説明と言い訳を本気で考えた方がいいな そう思案している鉄郎の横で、先ほどからずっと三嶋とススキのみみっちい口論が続いている。
「気遣い出来るなら、どうして俺のお好み焼だけ、いつも先に肉焼かないんだよ?」
「文句言うなら自分でやってくださいよ!せっかくいつも焼いてやってんのに」
「ススキはココの店員だろ?店員がお好み焼焼くのは当たり前だ」
「鉄郎さんはいつも自分で焼いてるじゃないっすか?少しは三島さんも見習ってください」
「お前、本当に不良店員だな・・・テッちゃんは器用だからいいんだよ」
「そうそう、テッちゃんの焼くお好み焼は超美味しいし」
「だったら、三嶋さんも見習って 」
「「「!!!!?」」」
「やっほー、おひさ」
ひらひらと左手を振るがいた。驚く三人に構わず、カウンターの空いていた鉄郎の横の椅子へと滑り込む。
「ススキ君、アタシ今日は豚玉でよろしく」
「あ、はい!」
抱えていた三嶋の分のタネが入ったアルミボウルを本人に押し付けて、ススキが調理場へと駆けていく。
「さん、風邪はもういいんですか?」
「うん、もうすっかり!!」
笑顔でガッツポーズを作るの左手首の皮膚をみて、三嶋が首を傾げた。
「・・・どうしたんですか?手首んとこ」
「これね?何か、腕時計のバンドが合わなくて、かぶれちゃったみたい」
左手首をぐるりと一周する赤い痕をさすって、は苦笑を浮かべた。
「もう治りかけだから、痛くも痒くもないんだけどね。腫れももう治まるはず」
「大変ですね」
「いや〜、乙女の柔肌にとんだ災難だったわ〜」
は幾分おばさん臭く手を振って、からからと笑った。
鉄郎はの左手首から視線を剥がして、苦笑いを浮かべた。風邪で寝込んでいた筈の人間が、どうやったら腕時計でかぶれるんだ?お前は腕時計をしたまま寝る人種か?! そんなツッコミを入れたい気分を笑って誤魔化した。
「・・・・・・テッちゃん」
の声に振り向けば、鉄郎の目の前でパチンと音を立てて手のひらを合わせられた。
「その節はゴメン!!いろいろとゴメンナサイ。悪かったと反省してます、この通り!!!」
突然の音に固まった鉄郎の前で、鉄郎を拝んだままが頭を下げた。の旋毛は右巻きか などとどうでもいい観察をしてしまった鉄郎の背後で、目を丸くした三嶋が呟いた。
「・・・・・・やっぱり、送り狼になりかけた、とか?」
「なってねぇよ!」
三嶋の呟きを全力で否定して、を見ればまだ頭を下げたままで。鉄郎は溜息をついて机に肘をついた。
「・・・・・・怒られた理由が分かってんなら、顔あげろ」
「・・・・・・・・・まだ、怒ってる?」
「ああ、怒ってる」
恐い顔を作って返事をすれば、しゅんとしたようにの肩が下がる。
「お世話かけしました・・・・・・すみません」
「今更そんなこと気にするようなら、一年前に肩なんか貸してねぇよ」
若干語調をゆるめて言った。がばっとが顔をあげた。鉄郎の肩越しに三嶋が笑う。
「テッちゃんは、本当にいい奴だよな」
「けっ。お前たちがそろってバカなんだよ・・・・・・それと、 」
「はいっ!!」と背筋を伸ばして返事をしたの前で、鉄郎は「があ」と歯をむいてみせた。
「俺のこの姿は生まれつきだ。・・・・・・だから、余計なことすんじゃねぇ」
一瞬目を見開いたは、一拍置いて大きく頷いた。鉄郎もにやりと口角を吊り上げる。
「あー!オオトカゲが女の子食べようとしてる!!助けて〜〜〜」
「ススキ・・・そういえば、お前もバカの一人だったな」
芝居がかった口調で叫んだススキを横目で睨んで、鉄郎はその手からアルミボウルを奪い取った。
「の復活祝いだ。今日だけ、俺が特別に焼いてやるよ」
「マジでっ!!!やったっ!!!!超絶嬉しいんですけどっ!!!」
瞳を輝かせて、手を叩いてが喜んだ。
「今日だけ、だかんな?!俺の分はやらんぞ?!!」
「・・・・・・・・・テッちゃん、俺の豚玉も焼いて欲しいんだけど・・・」
不良店員によって肉とタネとをまとめてかき混ぜられたアルミボウルを持て余し気味に抱えたまま、三嶋が鉄郎の隣で呟いた。
アトガキ