なぁ、・・・何か、俺に出来ること、ないか?     .
  自由を奪われた彼女が哀れで、俺はそう尋ねた・・・・・・叶えられもしないのに、どうしてそんなことを尋ねてしまったのか、俺はその後ずっと後悔した。
       だったら、一つだけ・・・ディーノ、お願いしてもいいかしら?     .
  うっすらと微笑んだ彼女の顔を、俺は忘れられずにいる。





















  「下の街で、ケーキ買ってきた・・・一緒に食わねぇ?」

  ピアノの音が止んだのを合図に尋ねれば、が柔らかく笑った。
  「喜んで。今、お茶をいれるわ」
  「ああ」
  ディーノも微笑んで、いつものソファーに腰を落ち着けた。
  (今の笑顔は、好かったな・・・)
  お茶の仕度をするの後ろ姿を眺めながら、ディーノは心が弾むのを感じた。

  ・ファミリーのボスの一人娘であるは、人質としてディーノ率いるキャッバローネ・ファミリーに差し出された、いわば人身御供だ。この部屋に閉じ込められ、自由を奪われた、ディーノの幼馴染。
  いつの間にか遠くなってしまったこの距離を埋めたくて、ディーノはの部屋へ頻繁に顔を出していた。初めはいい顔をしなかった部下たちも、『ボスのすることだから仕方ない』と、どこか諦め半分、呆れ半分で温かく見守ってくれるようになった。
  この部屋に閉じ込められた生活に『不便はない』と言うだったが、それでも閉塞感はあるのだろう。ディーノが手土産に外の話題や、甘いドルチェ、綺麗な装飾品を持って訪れれば、彼女の笑顔が少しだけ生き返るような気がする。
  ロマーリオには、巣に餌を運ぶ親鳥、もしくは、貢物をせっせと運ぶ雄鳥に例えられたりする。
  あながち、間違っていないような気もする。
  昔と同じ無邪気な笑顔、とまではいかなくても、いつもよりも生気のあるの笑顔が見られるのなら、それくらい、ディーノにとって、どうってことないのだ。

  紅茶がそろったところで、ディーノが箱からケーキを取り出した。
  真っ白なチーズクリームに、イチゴソースが綺麗な模様を描き、真っ赤なイチゴがのって彩を添えている。街で人気のケーキ屋の、一番人気のあるケーキ。ロマーリオに頼んだりせず、ディーノ自ら足を運び、選んで買ってきた。
  箱から姿を現したケーキに、が吐息を吐くのが聞こえた。
  窺うように見れば、嬉しそうなの笑顔に、ディーノは心の中でガッツポーズを決めた。
       ヤッリィ!!俺は、のこういう顔が見たかったんだって!!!)
  「確か、、イチゴのってるの好きだっただろ?」
  「ええ・・・嬉しい。ディーノ、覚えててくれたんだ・・・」
  「あったりまえだぜ!俺が、の好きなもの、忘れるはずないだろ?!」
  「ふふふ。ありがとう」
  自分の分のケーキにのっていたイチゴも、のケーキの上に移してやる。笑顔を輝かせるに、ディーノは嬉しくて仕方が無い。
  (もう俺、親鳥でもなんでもいいっ!!!の笑顔が見られるんなら、なんでもいいぜっ!!!)
  の笑顔に、自然とディーノも笑顔になる。

  二人で向かい合って座って、ケーキを食べる。
  ただそれだけのことなのに、どうしてこんなに幸せな気分になるのか。
  一口食べては、互いに視線を交わして微笑みあう。
  甘いものを食べるだけで、どうしてこんなに優しい気持ちになるのか。
  ここが牢獄だということも忘れて、お互いマフィアだということも忘れて、同じ幸せを共有する。同じ時を共有する。
  それがどんなに幸福か、幼かったあの頃の自分に教えてやりたい。
  とのオママゴトがずっと続くと思っていた、あの頃の自分に。

  「ありがとう、ディーノ。本当に、美味しかったわ」
  「だな!ここのケーキ、また買ってくるな?」
  「まぁ!楽しみ」

  そう言って、本当に嬉しそうに笑ったに、ディーノの中に欲が生まれた。
  もっと、を笑顔にしたい。
  もっと、もっと、に昔みたいに笑って欲しい。
  ずっと、と笑いあっていきたい。
  ずっと、ずっと、傍にいて欲しい。

  「なぁ、・・・・・・」
  「なぁに、ディーノ?」
  「・・・俺に、出来ることないか?」
  「?」
  「もっと、こんなもの食べたいとか、もっと、こんなものが欲しいとか、何か!!
   何か、俺に、の為に出来ること、ないか?
   俺に、して欲しいこととか、何かないか?」
  ディーノの言葉に、がすぅっと微笑んだ。
  「・・・・・・だったら、一つだけ。お願いを聞いてもらえるかしら、ディーノ?」
  「ああ!叶えられるか分かんねぇけど・・・いや、俺、できる限りのことはやるぜ?」
  「大丈夫。ディーノにしか、出来ないことだから」
  っ・・・・・・?!!)
  その先を聞いてはいけない、に言わせてはいけない     ディーノの勘がそう告げている。なのに、ディーノは動けなかった。微笑みを浮かべたまま、の口が動いた。

  「コロシテホシイノ、ディーノ」

  「・・・・・・?」

  「ワタシヲ、コロシテ、ディーノ」

  微笑を浮かべたまま告げるの、言っていることが分からない。
  唇の動きはまるでスローモーションのように見えるのに、唇から零れ落ちる音は聞こえるのに、ディーノの心がそれを理解するのを拒んでいる。

  「父は、・ファミリーは、間違いなく、再びあなたを裏切ります。その時は、必ず、ディーノの手で、私を殺して」
  「!!!?」
  「に、情けをかけるべきではなかったのです」
  「なに言ってるんだよっ?!は、の人質だろ?が、キャッバローネに忠誠を誓う証だろっ?!」
  「それが、カタチだけのものであることを、キヤッバローネ・ファミリーのボスであるあなたが気付いていないはずはない。そうでしょ、ディーノ?」
  「それでも!!!それでも、がここにいる限り、はキャッバローネを裏切らない!そうだろっ?!!」
  「ディーノ、もうやめましょう。が、キャッバローネにそう思わせて隙をつこうとしていることぐらい、知っているくせに」

  は微笑を浮かべたまま、窓の外へと視線をやった。暮れ始めた空が、うっすらと青く染まっている。

  「キャッバローネに人質として来たとき、私はすぐに殺されるつもりだった。
   キャッバローネの10代目となったディーノが背負うものの前では、幼いころの思い出なんて、ちっぽけなもの。
   父の思惑は外れ、人質は死に、は粛清される。そうなると信じていたのに     
  うっすらと微笑んで、はディーノへ視線を戻した。
  「あなたは、を許してしまった。私を殺せないと、他のファミリーに知らせてしまった」
  「それは・・・・・・」
  「だからこそ、キャッバローネ・ファミリーのボスとして、必ずディーノが私を殺さなきゃいけない」
  「・・・・・・・・・」
  「ディーノ、私を殺すときは、マフィアのボスらしく、裏切ったことを後悔させるような方法で、苦しむように、殺してね」
  「・・・・・・、俺は     
  「私の命を惜しいと思ってくれるのなら、ディーノのために有効に使って。そのために、私はここにいるのよ?」

  微笑を浮かべるを見ていられなくなって、ディーノは顔を覆って呻いた。
  微笑を浮かべて告げるの声をこれ以上聞きたくなくて、ディーノは目をつぶって唇を噛んだ。
  、君は、何て残酷な     そう思うのは、俺の我侭か?
  君が生きていて欲しいと願うのは、俺の弱さか?
  そうなのか、
  違うといってくれ!間違ってるのは、この世界の方だと     !!!)

  「・・・・・・君は、夢を見ないのか?未来に希望を抱いたりしないのか・・・?」
  「夢?希望?」
  「・・・ああ・・・・・・」
  「そうね・・・私は、ディーノが立派に務めを果たして、キャッバローネ・ファミリーのボスとして、ファミリーのみんなに愛されている姿に、希望を抱くわ。
   ねぇ、ディーノ。キャッバローネ・ファミリーのボスとして、迷っては駄目よ?」
  うっすらと微笑むに、ディーノの心が悲鳴を上げた。











冷たい希望











 アトガキ
  途中からヒロインがとても怖い女性になる・・・ディーノ、あんた大変な女を好きになったな・・・
  約束よ、ディーノ。あなたが、殺して。その手で、殺して。

Photo by 空色地図

ブラウザバックでお願いします。