願おう、何だって・・・・・・君が戻ってくるのなら
差し出そう、全てを・・・・・・俺が犠牲に出来るものなら
・・・・・・・・・もう一度 .
「なぁ、・・・・・・聞こえてるんだろ?」
目の前のベッドに横たわる彼女に静かに尋ねて、ディーノは寂しく微笑んだ。
尋ねても、答えは返って来ない。それでも、ディーノは彼女に語りかけ続ける。
以前と同じように、時間に都合をつけて、一日と欠かさずこの部屋を訪れる。そんなことを続けている。
こうやって彼女に話しかけるようになって、もうどれくらい経っただろう。
あの日、ディーノは、彼女を撃った。
キャッバローネ・ファミリーの10代目ボスとして、裏切りを行った・ファミリーのボスの一人娘であるを殺した。
(・・・そうするしか、なかったんだ・・・・・・・そうすることでしか、を助けられなかった・・・・・・)
ディーノはグッと拳を握りこんだ。
掌に爪が食い込む痛みよりも、あの日感じた痛みのほうが、ディーノにはあれから経過した時に比例せず、今でも何倍も鮮明に思える。
それほどの痛みだった。
あの感触を、二度と知りたくない。
まだ生温かい血潮が、外気に触れて徐々に冷えていく事実。そこから命が流れ、溢れ、零れ落ちていく恐怖。
あんな思いは、もう二度と味わいたくない。
大切な人をこの手で、この世から消し去るという現実。そして胸を引き裂かれ、世界が色を失くし、全てを喪う戦慄。
あんなもの、二度と御免だった。他の連中にだって、けっして味わって欲しくない。
「・・・・・・頼む・・・!!」
あの日から続く痛みにも耐えられる さえ、生きていてくれたなら。
ディーノは握った拳に、祈るように頭を垂れた。
神にさえ、縋りたかった。
あの日、には内緒で、隣の部屋にDr.シャマルを待機させていた。
彼なら、彼女を助けてくれると信じていた。
それでも、叫びたかった 耐え難い喪失感に。
泣き出してしまいたかった 撃ったという事実に。
それらを押し込めて、Dr.シャマルに全てを託したのは、キャッバローネ・ファミリーのボスとして、ケジメを示すためには、のに死んでもらわなければならなかったからだ。
裏切り者に死の制裁を与えるというマフィアの掟に従うためには、のボスの娘を死んだことにしなければならなかったからだ。
ディーノに殺されることを望んだのためには、ディーノ自らが引鉄を引かなければならなかったからだ。
が意識を失ってすぐ、シャマルに治療を施させ、彼女を仮死状態にしてもらった。そして、・の葬儀を簡潔に行い、彼女を社会的に死んだものとした。裏切り者のの血縁者は、すべて滅ぼされたことになった。
これで、何も問題ないはずだった。
キャッバローネの体面も、マフィアとしてのケジメも、の思いも、ディーノの想いも、すべて救われるはずだった。
そう、すべてはディーノの引いた図面通りに運び、計画は上手くいったかに思われた。ただひとつの、想定外を除いては .
が、目を覚まさない
そのことだけを除いては。
Dr.シャマルが言うには 治療は完璧。致命傷に等しかった銃傷は、綺麗サッパリ、痕も残さず治療した と。
なのに、は目を覚まさない。
「・・・・・・」
どれだけディーノが呼びかけても、の瞼はピクリとも動かない。
Dr.シャマルが言うには 体は問題ない。医者の俺が言うのもおかしいが、魂が抜けちまった、ってのが一番しっくりする状態だ と。
最悪の場合は、このまま目を覚まさない可能性もある。
目を覚まさなければ、いずれ体も衰弱し、最終的には命を失う。
跳ね馬に撃たれて、脳が死んだと思い込んだか・・・・・・いや、そう思い込むにしたって難しいな。
よっぽどお前に撃たれたことがショックだったか、逆にお前に撃たれることを心の底から望んでいたか・・・
どっちにしろ、目を醒まさないことにはどうにもならんよ・・・まだ若くて美人だってのに、勿体無ぇな .
厳しい顔で溜息を吐いたシャマルの言葉も、ディーノの慰めにはならなかった。
(・・・俺を喜ばせられるのは、ただ・・・・・・・・・)
「・・・・・・・・・」
泣き出しそうな心細さを抱えて、ディーノはそれでもに笑顔を向けた。
成功したとは言い難い、いつものディーノの太陽のような笑顔とは比べようも無いものだったが、それも長くはもたず、ディーノは唇を噛み締めた。
「・・・、頼む・・・目を、覚ましてくれ!もう一度、笑ってくれ!!」
ギュッと目をつぶって、ディーノは顔を覆った。今のディーノに出来るのは、ただ祈ることだけで。
ディーノは呻いた。
これ以上は、ディーノ自身がもちそうに無かった。
今なら、のために、大切な部下たちでさえ、失ってもいいとどこか遠くで思える そんな自分に、ディーノは耐えられそうになかった。
このままだと、耐えられなくなった自分が、あんなに大切に思ったをもう一度、本当にこの世から消し去ってしまうような気がして ディーノは顔を覆った。
限界は、もうそこまで迫っているように思えた。
重たい音をたてて、いつものようにゆっくりと扉を押し開ける。
「」
いつものように名前を呼んで、ベッドの傍へ近づく。
「・・・今日、君の好きだった花が咲いた。後で部屋へ届けさせる っ?!!」
の顔を覗きこんで、ディーノは息を呑んだ。
綺麗な色をした瞳が、ぼんやりとディーノを見上げていた。
「・・・!!!」
ディーノは、神様というものに、感謝した。
(・・・が、目を覚ました!! が、が!!!!! あぁ、神様・・・・・・!!!)
緩んでしまいそうになる涙腺を叱咤して、ディーノは喜びに溢れた笑顔を向けた。もう一度、と話が出来るそのときは、笑顔から始めようと、そう心に決めていたから。
しかし、ディーノのその笑顔を受け止めたの瞳は、困惑するような、不安そうな、そんな色を浮かべている。
「・・・・・・・・・あなた、だぁれ?」
小さな声で呟かれたその言葉に、ディーノの笑顔が凍りついた。
「・・・・・・ここ、どこ?」
冗談だろぅ? そう笑い飛ばそうとしたディーノの顔は、無様に固まった。
「・・・・・・嘘だろ?」
「・・・・・・・・・私の名前、なの?」
不安そうな呟きに、ディーノは現実を突きつけられた。
絶望の底に、さらなる絶望があることを、ディーノはこのとき思い知った。
対価
アトガキ
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