「ヤラレタ・・・・・・」
早朝、亭の前に立って、は苦々しく眉を寄せた。
が経営する大衆中華料理店・亭の壁に、でかでかとペンキで書かれた嫌がらせの落書き。
"マズイ"だの、"レトルト"だの、"辞めちまえ"だのに混じって、"店主も売ってます"などと書かれている。
「クソッ。あいつら、やることが陰険なんだっての・・・」
溜息を吐きながら、店の中から洗剤と雑巾を持ってくる。
力を入れて拭けば、ペンキは落ちないものの、書いてあることが読めない程度には薄まるようだ。
「・・・・・・しゃぁない、開店までに何とかすっか」
腕まくりをして、は作業にとりかかった。
お昼時だというのに、今日の亭は静かだった。
人がいない、というわけではない。店内は満席だし、通路に立っている者までいる。
威圧感が充満する店内は、それだけの人がいるとは思えないほど静かだった。
普段なら、客が途切れない時間帯だが、今日の亭に入ろうとするツワモノはさすがにいなかった。
訪れた客も、店の前に並ぶガラの悪い男たちにビビッて、すぐに引き返していく。
バイトに休みとらせといて正解だった、と思いながら、はカウンター席の真ん中に座る男を睨みつけた。
「営業妨害なんですけど」
「おかしなことを仰いますね。私は客ですよ?この通り、日替わり定食を食べてるでしょう?」
「あなたは客かもしれないけど、あなたが引き連れてる連中は違うでしょ」
「おやおや、気を使ったんですがね?これだけ大勢が注文をしたら、料理を作るあなたが大変なのではないかと」
「余計な気遣いをどうも」
店内にぎっしり詰まった人相の悪い連中と、カウンターに座る爬虫類めいた男ごときに、恐れるではない。が、いい加減、腹もたってくるし、そのしつこさに呆れてもくる。
自身はこんな連中なんとも思っていないが、こんな連中のせいで客足が遠のくのは痛い。客が来なければ、必然的に今後、の生活にひびいてくる。
「あのさぁ、こういう効率悪いこと、さっさとやめない?」
「さんがウチの組に、みかじめ料さえ収めてもらえれば、すぐにでも」
「そういうの、払う気ないから。義理もないし」
「義理ならありますよ。このあたりは、ウチの組のシマなんですから」
「関係ないね。ココは、私の店、だ」
「おやおや?そんなこと言っていいんですかね・・・もしかすると、明日には店がなくなっているかもしれませんよ」
「爬虫類が戯言ほざいてんじゃねぇ。中華鍋でカラッと揚げてやろうか?」
の言葉に、店内の空気が一気に険悪になる。
嫌がらせが始まって、今日で一週間。
そろそろの堪忍袋の緒が切れそうだ。相手をぶちのめして片がつくなら、それでもいいと思えてきた。
厨房から出てきたの前に、スキンヘッドの大男が立ちふさがる。ギロリと睨めば、その男もを見下ろして、ガラの悪い顔をさらに悪くする。
が動こうとした、まさにその時、亭の引き戸がガラガラ音を立てて開いた。
「なんだぁ、この店?むさ苦しい男しか入ってねぇじゃん!可愛い女の子一人いないのかよ?!」
空気を読まないテンションで店の中に入ってきた天然パーマの白髪を、ジロっと睨んでは口を開いた。
「銀時、あんた目が悪いわけ?ここに、一人、可愛い女の子がいるでしょうが」
「え〜?どこにいるのか、銀さん分かんないなぁ?!女と呼べない、呼んだら女性に失礼な、凶暴な昔馴染しか、俺には見えないんだけど?」
「おい!!!てめぇ、状況分かってんのかっ!!!?」
珍妙な乱入者に掴みかかったチンピラが、あっさりと崩れ落ちた。
腰の木刀すら抜かずに、いつものやる気のない感じで銀時が、耳から抜いた指にふぅっと息を吹きかけた。
「ったくよぉう。一言、俺に言えば、こんなやつらチョチョイと片付けてやんのにねぇ」
「銀時に頼みごとなんて、まっぴらよ!私、カリは作らない主義なの」
「だったら、万事屋でもいいだろうか」
「万事屋に頼んだら、お金取るでしょ?」
「もちろん!それが仕事なんだから、当たり前でしょーが!!万事屋は、ボランティアじゃねぇんだから!おまんま食わなきゃ生きていけないでしょうが!!ただでさえ、大飯喰らいがいるんだからよぉ」
「その飯を恵んでやってる私に、サービス券の一枚も出さないところになんて、頼まないわよ!・・・・・・それに、万事屋に頼むほどのことでもないでしょ?」
にやりと笑ったに、銀時もにんまりと笑い返した。
「まぁ、にしたら、一週間なんて、よく我慢した方なんじゃないの?」
「でしょ?出来れば穏便に済ませたかったんだけどねぇ。このお店、テナントで借りてるし」
「おっと。それじゃぁ、器物破損はマズイわけ?」
「もういいわよ。器物破損を心配する前に、私の堪忍袋の緒を心配して」
「そうだなぁ。餌付けされちゃった俺としては、仕方ないか」
「お前らっ!!!そんな口を叩いたこと、後悔させてやる!!!」
「だったら私は、亭の営業妨害したこと、後悔させてあげるから」
「じゃぁ俺は、生まれてきたこと、後悔させてやろう」
「あ、そっちの方がカッコいい・・・だったら私は、人間に生まれたことを後悔させてやるわ!爬虫類に生まれればよかったと、泣いて後悔するがよい!!!」
「なにそれ!!ちょっと、俺も、もう一回やる!!・・・冥途の土産だ!!この銀さんの前に立ちふさがったこと、地獄の閻魔様に自慢しやがれ!!!」
「やった!私の方がカッコいい!!!私の勝ちね」
「なにそれ?どういう基準だよ!!?独断で決めんな!!オーディエンスの皆様に判定してもらえよ!」
「判定の必要もないわ。あの爬虫類顔を嘲笑った、私のセンス、認めなさい!」
「はん!あんな爬虫類顔、あえて論う必要ねぇよ!!!生まれた時から言われ続けてっから、もうそんなに目新しくもないし、ダメージも少ないに決まってんだろっ!!!!!」
「分かんないわよ!?言われ続けたからこそ、傷は深いってこともあるでしょうが!!!銀時の天パみたいに!」
「俺の天然パーマと、あんな爬虫類顔を一緒にすんな!!!格が違うだろうが、あんな爬虫類顔とはよぅ!!!」
「くっそう・・・・・・ボコボコにやっちまえ!!!!」
ぶるぶると震えていた爬虫類男が、涙を滲ませながら叫んだ。
店内にいた、ガラの悪い男たちが、一斉にと銀時に襲い掛かる。
「!お礼に、亭のメニューにパフェ、入れろ!!」
「しゃぁないなぁ・・・・・・トッピングは、ギョーザにラー油でいい?」
軽口を叩きながら、銀時が木刀を抜き、が拳を握った。
「こんだけやっとけば、もう来ねぇだろう」
爬虫類男を、爬虫類だか両生類だか分からないくらいにボコボコにして、『もう今後一切亭には手を出しません』と血判状まで押させて、店の外に放り出した。
椅子は脚が折れてるし、テーブルも真っ二つ、調理器具は無事だが、壁には大穴も空いている。ボロボロの店内を見渡して、は溜息を吐いた。
「・・・こっちも、営業出来ないけどね」
「・・・・・・壁の穴は、俺じゃねぇぞ?」
「・・・分かってるわよ・・・ちょっと、調子に乗っちゃっただけよ」
「・・・・・・相変わらず、加減って言葉を知らねぇんだよなぁ、はよぉ」
「はぁ・・・・・・・まぁ、しゃぁないか。とりあえず、片付けるか・・・・・・あれ?外にもあの連中いなかったけ?」
「ああ、それなら 」
「銀さ〜ん、ペンキ買ってきました」
「銀ちゃ〜ん、外の連中、みんな定春のオモチャになったネ。大事なところ殺っといたから、あいつら、子孫残せないヨ」
「神楽!!?お前、なに恐ろしいことしてんの?!!」
「その方が世の中のためアルネ」
「いや、そうかも知れないけど!!!?なに、定春に恐ろしい芸、教えちゃってるのぉ!!!!?」
「・・・・・・神楽ちゃんに、新八くんまで・・・万時屋勢ぞろいじゃない」
目を丸くしたに、新八が買ってきたばかりのペンキの缶を持ち上げた。
「外のラクガキ、上からペンキ塗って消しちゃいますね」
「アイヤー、店の中もボロボロ、ネ。改装した方が、いいと思うヨ」
「そうだなぁ・・・いっそのこと、ド派手にしちまうか?!!」
「極彩色のネオン付けるヨ!きっと、お客さん、いっぱい来るネ!!」
「それで、ウェイトレスに綺麗な姉ちゃん、いっぱい雇って、深いスリット入ったチャイナドレス着せちまえっ!!」
「それで、『社長サン、ワタシ、ドンペリ飲ミタイヨ』とか言わせるヨ!!そしたら、、がっぽり儲かるヨ!!!」
「・・・・・・銀さんも神楽ちゃんも、それじゃぁ、歌舞伎町の違うお店だよ・・・」
「・・・・・・同じでいいから。神楽ちゃんも、極彩色のネオンとか要らないから」
「え〜、!ネオンはあった方がいいヨ!その方が繁盛店みたいアルヨ!!」
「・・・・・・ちょっと、考えさせて。それに、今、お金ないから」
「そうかぁ、だったら仕方ないアルネ。諦めるヨ。銀ちゃんがお金持ちだったら、迷わず作ってもらうのに」
「なにそれ!!そこ、俺が出すの!?そこ、決定なの?!!
え〜!!!だったら、まずは万時屋、改装するし!エアコン付けるし、アイス専用の冷凍庫買うし、赤丸ジャンプも立ち読みじゃなくてちゃんと買うし、そしたら極彩色のネオンも万事屋にまず付けるし!!!」
「万事屋にネオンは要らないアル。極彩色なんて、ダサイヨ」
「・・・・・・銀さんも神楽ちゃんも、もう、どこから突っ込んでいいか、分からないよ」
溜息を吐いた新八が、ペンキの入った缶を抱えて出て行く。その後を、刷毛を持った神楽が付いていく。
「さ〜てと。じゃぁ、俺も」
「・・・・・・銀時、マジでこの一週間まともに営業できてないから、お金ないのよ」
「いいんじゃね〜の?」
「よくないでしょうが。銀時のキライなタダ働きってやつよ?」
「たまにはボランティアも悪くねぇよ」
「・・・・・・」
「それに、言っただろ?俺ら、万事屋の面々は、に餌付けされちまってんだからよ?」
「・・・まったく」
「仕方ないな、って諦めちまえ」
「・・・諦めるのキライでしょうが、お互い」
溜息を吐いて、それからはにやりと笑った。
「ま、しゃぁないか。厨房は被害少ないし、食材だけはあるから、また餌付けしてやるか」
「じゃぁ、仕方ないな。そこまで言われたら、餌付けされちまうか」
金槌を握って、銀時もにやりと笑った。
しょうがない!で済ませよう
アトガキ
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