(今更・・・・・・今更、俺に何が出来るというのだ・・・)
ドアノブに手をかけたまま、ランチアは内心で呻いた。
(今更、どんな顔をして会えと・・・・・・・・・・・・俺は、を傷つけた。その罰は、受けなければならないだろう・・・)
ゆっくりと扉を押し開ける。
の、未だアザの残る顔と、突き刺さるような視線に、ランチアはその目を伏せたのだった。
恋愛論
ランチアは、ずっと黙り込んでいる。
そのランチアを睨むの瞳は凍えるように冷たい。
そんな二人の間で、バジルは一人オロオロしていた。
(・・・ランチア殿・・・殿・・・・・・いったい、どうすれば・・・!!)
バジルは、意識を取り戻してすぐのにランチアのことを尋ねられた。ランチアに話があるから、呼んで来て欲しいと言われた。
正直、バジルは迷った。
ランチアが会えないと、会わせる顔がないと思っているのを知っていたからだ。
言いよどんだバジルに、は冷たく言い放った。
今、アタシがこんな目にあってるのは、誰のせい? と。
それが分かるなら、アタシがランチアに会えない理由なんて無いはずだけど? と。
その通りかも知れない。だけど バジルは頷けなかった。
バジルは、ランチアのことが好きだった。尊敬していた。たとえ、ランチア自身が否定しても、バジルはランチアのことを仲間だと思っていた。
そのランチアが、傷ついていた。
が、自分が過去に犯した罪のせいで襲われたことに、衝撃を受けていた。
が、自分に係わったせいで殺されかけたことに、酷く後悔していた。
嘗て、ファミリーを惨殺した自分自身を呪っていた。
ランチア自身は操られていただけで、何も非がないはずなのに。
遺族を廻る贖罪の旅を、それでも続けているというのに。
それなのに、ランチアは過去の罪から許されることなく、それどころか更なる罪を背負おうとしている。
バジルは、これ以上ランチアを苦しめたくなかった。
だから 頷かなかった。
代わりに、ランチアがどれほどのことを心配していたかを語った。ずっと傍についていたのが、ランチアだったことを語った。どれだけ彼が、のことを探して廻ったかを語った。襲撃者に襲われ傷を負っても、日本から戻ってすぐにの元へ向かおうとしていたことを語った。日本で彼がどれだけ活躍したかを語った。
だが、は冷たく繰り返した。
そんなことより、ランチア本人を連れてきなさい と。
バジルは唇を噛んだ。
バジルも、早くに意識を取り戻して欲しいと、早く元気になって欲しいと願っていた。
それは、ずっとの傍についているランチアの背中が、酷く傷ついていたからだ。
だから、早く目覚めて、ランチアを安心させて欲しいと願ったのだ。
けっして、ランチアを苦しめるためじゃなかった。
なのに、の瞼が微かに動いた瞬間、弾かれたようにランチアは部屋を飛び出していった。まるで、の瞳に映るのを怖がるかのように。
ランチアの心情を機敏に読み取って、バジルは後を追わなかった。彼の代わりに、の覚醒を待った。
自分の出来ることを、ランチアがこれ以上、背負わなくてもいい罪を背負わないように、ここは自分が引き受けようと思った。
だから、バジルは伝えた。
これ以上ランチアを苦しめないで欲しい。彼は、もう許されていいはずだ。
バジルの言葉に、は表情を変えずに言った。
だったら、尚のこと、会わなきゃいけない。じゃないと、ランチアはこの後もずっと苦しむわよ と。
その言葉を聞いたとき、その通りだと思った。
だから、ランチアを説き伏せて、何とかここへ呼んだ。けれど・・・・・・
(これで・・・これで、本当に良かったのでしょうか・・・・・・)
バジルはとランチアの間でオロオロするばかりだ。
は、ずっとランチアを睨むだけだし、ランチアも厳しく目を伏せたままだ。
(いったい、どうすれば・・・・・・!!!)
重すぎる沈黙に、バジルが耐え切れなくなって声をあげる直前、ようやくランチアが口を開いた。
「・・・すまない・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・本当にすまない」
は、謝るランチアを無言で睨んでいる。
「・・・誰の依頼かまでは分からなかったが、間違いなく、俺が原因だ」
「・・・・・・・・・」
「俺が一緒にいたために・・・・・・全ての責任は、俺にある。謝って許されることではない。償いきれるものでもない・・・」
グッとランチが拳を握り締めた。
「俺の、せいだ・・・すまない」
「そんなこと!! ランチア殿のせいでは、ありません!!!」
思わず声をあげたバジルに、ランチアは静かに首を振った。
「いいや。俺のせいだ・・・」
「 で? だから、アタシの前から姿を消すつもりなわけ?」
黙ってランチアの言葉を聞いていたが、初めて口を開いた。
睨みつけたまま紡がれた言葉に、ランチアが頷く。
「ああ。その方が、いいだろう ?!」
「!! 殿?!!!」
「だから、いなくなるっていうわけ?」
体を強張らせるランチアとバジルに構わず、がもう一度尋ねた。
の手に握られた拳銃の銃口が、まっすぐにランチアに向けられている。
「・・・・・・」
「殿!!!」
「だから、もう、アタシとは会わないってわけ?」
ランチアを睨みつけたまま、が引鉄に指をかける。
「殿!! 駄目です!!!」
「・・・そうだ。その方がいい・・・」
を止めようとしたバジルを制して、ランチアが一歩前に出た。の握る銃口の前に真っ直ぐ立ったまま、ランチアが呟く。
「が望むなら、それもいいだろう・・・・・・」
「ランチア殿!! 殿も、やめてください!!!」
「もう、一緒にはいられないってこと? アタシが、罪自体だから !!」
「!!!!? 殿!!!!!」
「!?」
乾いた銃声が響いた。
「だから、何?!! それ以上言ったら、ホントに中てるから!!!」
が撃った弾は、誰にも中らずに、離れた壁に穴を開けた。
「・・・?」
「絶対に嫌!! もう、ランチアに会えないなんて、絶対に嫌よ!! 二度と離れてなんかやらない!!!」
震える手で、が拳銃を下ろして叫ぶ。
「ランチアにとってアタシが過去の罪を思い出させる存在でも・・・それでも、それが何だって言うの!!?
そんなこと関係ない!! だって、アタシはランチアが好きなんだもの! 愛してるんだもの!!
アタシは、ランチアから離れない!!」
ずっとランチアを睨みつけていたの瞳から、涙がこぼれた。
「そうよ!! 絶対に、離れてなんかやらない・・・・・・嫌だ。絶対に、嫌・・・・・・」
「だが・・・・・・」
泣き出したに、戸惑ったようにランチアが呟いた。
「俺といれば、また巻き込まれる・・・命を狙われることだって・・・・・・」
が顔をあげて、ランチアを睨みつけた。
「だったら! だったら、ランチアが守って!!!」
「・・・・・・」
「ランチアが、ずっとアタシの傍にいて、アタシを守ってくれればいいじゃない!!」
の言葉に、ランチアに動揺が浮かぶ。
「俺を・・・俺を信じられるのか? ・・・・・・仲間を、ファミリーを殺した、この俺を・・・・・・」
「何言ってんの? 信じるも信じないも何も、アタシにはランチアが必要なの!!
ランチアがいるから、絶望しないで生きようって思える・・・明日も、ランチアに会えるからって・・・・・・」
「だが・・・・・・俺は・・・・・・」
迷うランチアに、が悲しく顔を伏せた。涙が、また一つ零れ落ちる。
「アタシのこと、嫌い? ・・・・・・それなら、いいよ・・・アタシは、ランチアの負担にはなりたくないもの・・・
アタシのことなんて忘れてよ・・・・・・」
「・・・・・・」
「だけど・・・だけど・・・・・・!!」
堅く目を閉じて、が搾り出すように呟いた。
「ランチアがいない世界なんて、もう、二度とゴメンなの 」
「 俺もだ」
聴こえた言葉に、は顔を上げた。
「俺も を死なせるようなことは、二度と・・・・・・なのに俺は、惨殺事件のときと言い、今回のことと言い・・・」
辛そうな顔をしたランチアが、静かな瞳でを見つめていた。
「俺は、を傷つけて・・・不幸にしてばかりだ・・・・・・」
苦しそうな表情でランチアが、真っ直ぐにを見つめていた。
「・・・そんな俺が、願ってもいいのだろうか・・・・・・一緒にいたいと 」
困ったように眉を寄せたランチアが、静かな声で告げた。
「守りたいと こんな俺が、君を愛してもいいのだろうか 」
「!!!!? ランチア 」
「いいに決まってます!!! 何も問題などありません!!!!!」
自分に集まった2対の視線に、バジルは自分が口を挟むべき場面ではなかったことに気付いた。
だが、既に遅い。一度口から出た言葉を戻すことなど出来ないのだから。
「えっと・・・拙者は、外にいるでござる・・・・・・」
真っ赤になりながら、バジルは回れ右をして、コソコソと退散することにした。
素早く部屋の外へ出て、静かに扉を閉めながら、バジルはこっそり、もう一度二人を窺い見た。
少し困ったように口元を綻ばせたランチアは、今までバジルが見てきたどのランチアよりも優しく見えた。
涙を拭いながら嬉しそうに、少し恥ずかしげに微笑むは、どの瞬間よりも輝いて見えた。
(ランチア殿、殿・・・どうか、お幸せに・・・・・・・・・)
バジルも優しく微笑んで、ゆっくりと扉を閉めたのだった。
「ランチア、次へ行くの?」
「ああ」
「そう、分かった」
腰掛けていたベンチから立ち上がって近づいてくるを待つために、ランチアは足を止めた。
近づいても歩き出そうとしないランチアに、が首を傾げる。
その顔に、ランチアはそっと無骨な手を伸ばした。
「・・・傷、残ったな・・・・・・」
眉の少し上、よく見なければ分からないほどの小さな傷痕に、ランチアは指を触れた。
「どうってことない。前髪で隠れるし・・・・・・ランチアだって、残ってるでしょ?」
の指が、ランチアの胸を指さす。
「ここに。大きな傷が」
僅かにランチアの口元が緩む。
「平気だ。痛むこともあるが・・・がいてくれるから、な・・・」
「・・・・・・そう。それは良かった」
の頬が僅かに染まる。
それを隠すように、がランチアの先を歩き出す。
「・・・Poi perche ci mi sono vicino Lei tutta la durata.」 ・・・なら、ずっと傍にいてあげる .
風が微かに運んだ音に、ランチアは小さく微笑んだ。
「・・・・・・・・・Se Lei se l'aspetta, sia lieto.」 ・・・・・・・・・お前が望むなら .
小さく呟いて、ランチアもの後を追って歩き出した。二人の旅は、この先も続いていく。ずっと、ずっと .
<完>
アトガキ
Photo by 水没少女
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