「今日、こそは・・・!!」
  気合を入れてから、襖を開ける。廊下を歩きながら、心の中で予行練習。
  (・・・おはよー、修兵、今日もいい天気だね・・・って、曇ってんじゃん!
   じゃぁ・・・おはよー、修兵、最近暇?・・・・・・って、唐突過ぎる!
   う〜ん・・・おはよー、修兵、元気?・・・・・・って、昨日も会ったじゃん!
   あ〜・・・ダメだ・・・・・・おはよー、から始めるからダメなのかも     

  「今朝も早いな、
  「オッス!オラご・・・・・・って射場副隊長!!おはようございます!!!!!」
  口を吐いて出た言葉に、慌てて頭を下げる。(オッスって、副隊長に恥ずかしすぎる〜!!!)
  「何じゃあ、押忍とは、朝から元気がええのぉ」
  からからと笑う射場副隊長に、ほっと胸を撫で下ろして、改めて頭を下げる。
  「すみません、まだ寝ぼけてますね・・・ちょっと、頭醒ましに外行ってきます」
  「おぅ、頑張るのぉ、無茶はするなよ」
  「はい!ありがとうございます」
  副隊長の言葉に笑顔で一礼して、は走り出した。
  「・・・・・・・・・まっこと、は、ええ女なんじゃがのぉう・・・」
  の背中が見えなくなってから、最後の笑顔を思い浮かべて、射場は頭を掻いた。
  「さっさと言ってしまえばいいものを・・・おっと、ワシが口を出すことではなかったの」
  にやりと笑って射場は来た廊下を戻り始めた。
  何も、挨拶をするために毎朝通っているのはだけに限ったことではないのだから。





















  「おはよー、檜佐木、今日も頑張ってる?」
  「よぉ、
  いつものように檜佐木が答えて、は今日もいつもと同じように声をかけてしまったことに気がついた。
  (・・・・・・今日も言えなかった・・・)
  朝稽古の最中の檜佐木が、汗を拭いながら近寄ってくる。
  内心の動揺を抑えて、頬に上りそうになる熱も押さえて、何気ないふうを装って話を続ける。
  「檜佐木、本当に頑張ってるよね〜、豪い豪い」
  「そりゃぁ、俺はお前と違って副隊長だからな」
  「そうだね〜、さすが檜佐木副隊長閣下であらせられまする」
  「、お前全然褒めてないだろう・・・」
  何気ないふうを装うことが成功しているらしく、いつもと同じように会話が進んでいく。の長年の努力の賜物だ。
  手を伸ばせば届く距離まで近づいてきた檜佐木が呆れたように溜息を吐く。
  「ったく、お前も俺を見習えって。同期で席官ですらないの、だけだろ?」
  「え〜、別にいいじゃん。私は、席官レベルじゃないの。出世には興味ないもん」
  「限度があるだろう・・・いつまでもヒラって」
  「いいじゃん。私、すべて平均値だし、特に功績もないし」
  「おいおい・・・ちょっとは焦れよ、お前」
  呆れたように笑った檜佐木に、心臓が限界を訴える。
  檜佐木が動く度に、微かに届く彼の匂いに、脳が限界を訴える。
  「そんなことより、今日の朝餉は何かな〜」
  「おい、!まだ、話は終わっちゃいねぇぞ!?」
  「はいはい。話し相手が欲しいなら、いつでも相手になってあげるから」
  「おい、茶化すな!」
  「お腹すいた〜。朝ごはん、朝ごはん〜」
  何気ないふうを装って、まだ何か言いたそうな檜佐木に背を向けて、隊舎へと足を戻す。溜息を吐いて自らも隊舎へと戻る檜佐木の気配を感じながら、足取りを軽くして遠ざかる。
  ここまでくれば大丈夫。いつもそう思って立ち止まる場所で、いつものように立ち止まって、背後を振り返る。
  誰もいないことに息を吐く。(これって安堵の?それとも、落胆の?)
  見送って欲しいわけじゃない。ましてや追いかけてきて欲しいわけじゃない。(じゃぁ、一体どうして欲しいの?)
  とりあえず、今日も檜佐木にこの心の内がバレなかったことに、安心して、は足取り重く隊舎へと戻っていった。





















  「バレなかったことに安心して、どうするんスかっ!!!」
  「だってぇ、無理だって・・・・・・」
  そう言って机に突っ伏したに、恋次が机を叩いて抗議した。
  「さん!何年越しの想いか、分かってるんスか!?もう、伝えちまえって!!」
  「え〜、そんなの関係ないよ・・・だってぇ、絶対無理だもん・・・」
  御猪口に入った日本酒を煽って、は再び机に突っ伏した。
  「無理なものは無理なのぉ・・・だって、私、強くないし、可愛くないし、胸ペシャンコだし・・・・・・」
  「さん!!」
  「あいつの好みから、離れすぎてるんだもん・・・・・・」
  「・・・・・・じゃぁ、とっとと諦めたらどうなんスか?」
  がばっと体を起こしたが、恋次の胸ぐらを掴んだ。締め上げられるように引き寄せられて、恋次の心臓がどきっと鳴った。
  恋次の心臓が早鐘を打ちすぎて壊れる前に、の涙腺が潤んだ。
  「〜〜〜じゃぁ、諦める方法、教えてよぉ〜恋次のバカァ」
  口をへの字に曲げて、がガクガクと恋次を揺する。
  さすがに激しく揺すられて、恋次の脳がシェイクになりかけた。
  「〜〜〜ちょっと、さん!!いい加減、離して下さいって!!!」
  「恋次のバカァ・・・・・・もう、いい。恋次なんかに話した私が馬鹿だった」
  恋次の胸ぐらを掴んでいた手を離して、は御猪口を煽ると、再び机に突っ伏した。
  「もぅ、いい・・・きっと私は、乱菊さんのことを好きな檜佐木が好きなんだ。きっとそう・・・だから、もういい!絶対言わない!!!」
  「さん、呑みすぎ・・・・・・」
  「いいんだ、見てるだけで幸せだもん・・・だから、もういい。望んだりしない・・・・・・」
  「・・・さん・・・・・・・」
  「恋人になりたい、とか・・・檜佐木の目に映ってたい、とか・・・・・・そんな大仰なこと、もう、望まない・・・・・・」
  「・・・・・・・・」
  「・・・望まない・・・・・・名前で、呼ぶとか、呼ばれるとか・・・・・・望んだり・・・しない・・・・・・・・・・」
  すぅ、っとその後に続いた寝息に、恋次は溜息を吐いた。
  彼女の目に、ずっと前から一人の人しか映ってないのは知っている。それにしたって、これは酷い。(あんまりだ!)
  少しは、もう少し、周りにも目を向けて欲しい。他にも、いい男はいっぱいいるはずだ。(例えば、俺とか、俺とか!!)
  「・・・ちゃちゃと告っちまえばいいんだってーの・・・」
  呟いて、が呑んでいた御猪口を手にとって、ぐいっと煽ぐ。(今日の酒も染みるねっ!!)
  「・・・それで、フラれて、俺んとこ来ればいいんだってーの・・・」
  (そうしたら、いくらだって俺が忘れさせてやるんですけど・・・さん?)
  隣で無防備に眠る彼女の頬を突っついて、にやけた想いと一緒に苦い酒を飲み干した。





















  「おはよー、檜佐木、今日も精が出るねぇ〜」
  「よぉ、
  いつもと同じやり取りに、嬉しいような、悲しいような。(・・・・・・今日も言えなかった・・・)
  朝稽古を終えた檜佐木が、汗を拭いながら近寄ってくる。
  足元がふわふわする感覚と、火照る頬を意識しながら、何気なさを装って話し続ける。
  「頭が下がります、副隊長殿」
  「おう、そうだろうとも!」
  いつものように近づいてくる檜佐木に、鼓動が早くなる。長年の努力を駆使して、何気なさを装い続ける。
  「そうそう!俺、考えてみたんだ、昨日のアレ」
  「?」
  「は、アレだ。目立たないから、昇進しないんだ」
  「・・・・・・」
  「お前、影薄いから、まるで空気みたいだろ?だから、いつまで経ってもヒラなんだよ」
  ちょっと、ザクリと来た。(心が血を流す感じ?)
  何だそれ?どういう意味?(はっきり言ってよ!)
  私は影が薄い?空気みたい?檜佐木にとって、いてもいなくてもどうでもいい?(そういうこと?)
  檜佐木が、乱菊さんを好きなのは知ってる。(知りたくなかったけど)
  好きなら、私のことなんか眼中になくても仕方ないと思ってた。(思いたくなんか、本当はないけど)
  傍にいられるだけで、毎朝こうやって挨拶を交わすだけで、いいと思ってた。(それ以上望んだら、バチが当たるから)
  同期、っていう関係で、このままの距離感で、ずっと行くなら、それでいいと思ってた。(それ以上望んだら、分不相応だから)
  檜佐木がいつか振り返ってくれるかもしれない、そう言う夢を見ていたかった。(そう、それが本心)
  今、気付いた。そうか、私、馬鹿だったんだ。(今更ですね)
  「おい・・・・・・どうした、?」
  黙ってしまったことを怪訝に思ったのか、檜佐木が手を伸ばした。
  触れられる直前で、思わずその手を叩き払っていた。やってしまってから、自分でびっくりした。(本当、馬鹿だ)
  檜佐木もびっくりした顔をしている。(そりゃぁ、そうだ。自分でもびっくりしたぐらいだから)
  「・・・・・・・・・悪ぃ」
  気まずそうに呟いた檜佐木に、くるりと背を向けた。
  「ごめん」も「気にしないで」も「本当に酷いこと言うなぁ、檜佐木ったら!」も、何も口から出てこなかった。下手に喋ったら、声が震えそうだった。
  「・・・おい、!!」
  「またね」も「じゃぁね」も「朝ごはん何かな?!」も何も言えなかった。下手に声を出したら、嗚咽に変わりそうだった。
  これじゃぁ、今までの苦労が水の泡だ。あんなに苦労して、ずっとずっと気取られないようにしてきたというのに。(お終いだ)
  いつも立ち止まる場所を過ぎて、いつもの倍以上の距離を過ぎてから、立ち止まった。
  怖かったけど、振り返った。
  誰もいない。(そうだよね、追いかけてくれるはずない)
  いつもと同じように息を吐こうとして、上手くいかなかった。
  しゃくりあげたのに合わせて、零れ落ちた涙に、唇を震わせては泣いた。





















  「お前、それで明日どうすんだよ?」
  「・・・・・・どうしよう・・・」
  「どうしよう、じゃねぇだろ!!押し倒しちまえって言ってんだろうが!!」
  頭を抱えるに、一角が声を張り上げた。
  「押せ!押して駄目なら、押し倒せ!!って言うだろう!!?」
  「・・・聞いたことない」
  「はん!世の中そういうもんだろうが!!」
  ヤンキー座りで偉そうに胸を張る一角の隣で、は膝を抱えて洟をすする。
  「いつまでも悩んでると、目が腐るぞ!?」
  「・・・腐らない」
  「そんだけ真っ赤な目ぇしてりゃぁ、もう腐ってるぜ!」
  洟をすするの頭を軽く叩いて、一角は面白くなさそうに口を曲げた。
  「で、!お前はどうしたいんだよ?」
  「・・・・・・・・どうしよう・・・」
  「じゃねぇだろうが!!はっきりしねぇんなら、俺が今この場で押し倒すぞ!!」
  「・・・イヤ、困る」
  「だったら、はっきりしろや!」
  「う〜、一角の意地悪・・・」
  「はん!だったら何だ?てめぇは、どうしたいんだよ?」
  「・・・今まで通りでいい」
  呟かれた言葉に、一角は眉を上げた。
  「今まで通り?」
  「・・・うん。今まで通り、でいい」
  「本当か?」
  「・・・・・・今まで通り・・・プラス、名前で、呼んでみたい・・・」
  「・・・・・・・・・」
  「・・・修兵って・・・・・・・」
  言って再び膝に顔を埋めたから視線を外して、一角は立ち上がった。(やってられねぇぜ・・・・・・)
  「・・・それじゃぁ、明日もいつも通りに挨拶に行くんだな!」
  涙は止まったものの不貞たように口をへの字に曲げたを残して、一角は歩き出す。(俺にしとけよ?)
  いつまでも届かない想いを抱き続けるのは随分と疲れる。(酒でも呑まねぇと、やってられねぇ・・・)
  「ったく・・・・・・俺もヤキが回ったぜ・・・・・・」
  の涙には、弱いんだっての・・・)
  足を止めて振り返った先に、彼女の姿はもう見えなくなっていた。





















  「よしっ・・・!!」
  覚悟を決めて、気合を入れた。いつもの場所まで来る間、心の中で予行練習。
  (・・・おはよー、檜佐木、今日も頑張ってる?・・・よしっ!
   ・・・おはよー、檜佐木、今日も精が出るねぇ・・・・・・よしっ!!)

  もう一度深呼吸して、覗き込んだ。
  「ぉ、お、お、おはよー、檜佐木、元気・・・・・・・・・って、あれ?」
  いつものようにいる筈の檜佐木の姿が見えなかった。(この時間は朝稽古に精を出してるはずなのに・・・?)
  いつもいる檜佐木がいないことで、妙に納得した。(そっか・・・いつも通り、はもうないんだ・・・)
  はぁっと息を吐き出した。(拍子抜けした?・・・ううん、違う)
  胸の真ん中が、空っぽになったような気分。(明日から、どうしよう・・・)
  いつまでも突っ立ってるわけにもいかなくて、は隊舎へ戻ろうとした。(二度寝しようかなぁ・・・)
  「〜〜〜まずい!!遅れたっ!!!!!!」
  慌しく誰かが駆け込んでくる音がした。(!!?)
  「っ!!!!?」
  「はいっっっ!!?」
  呼ばれた名前に、悲鳴のように返事をしていた。
  恐る恐る覗き込んだ目の前に、檜佐木がいて、長年の努力を発動する前に、顔が火を噴いた。
  「お、お、おは、おはよ・・・」
  「良かった、間に合った」
  ふぅっと息を吐いて、困ったように檜佐木が笑った。
  「昨晩、斑目に付き合わされて呑んでて寝坊した・・・悪い。阿散井や射場副隊長が妙に絡んできて、大変だった」
  「な、な、なに、なん・・・」
  「みっともねぇ・・・昨日は悪かった」
  よっぽど慌てていたのか、いつもよりもどこか着崩したような、ちょっとダラシナイ感じに、心臓が暴れだす。
  「悪気はなかった。だから、スマン!許してくれ!!!」
  「べ、べ、べ、べ、べつに、別に、き、き、気にして、ないし」
  「良かった・・・恩に着るぜ、!」
  嬉しそうに笑った檜佐木に、倒れるかと思った。(倒れれば良かった)
  その事実を確認するのが、怖い。(夢だったら、どうしよう?!)
  「い、い、いま、な、名前・・・・・・?」
  「あ、あぁ・・・」
  指摘したら、ぽりぽりと頬を掻きながら、檜佐木が頷いた。
  「昨晩、ずっとあいつらお前を名前で呼んでるもんだから、うつった・・・・・・のかもな」
  もう、このまま死んでも悔いはナイと、思った。(既に死神ですけど)
  カチコチに固まってしまっているに、檜佐木が不安げに問いかけた。
  「嫌か?」
  ぶんぶんと激しく首を振ることで、否定の意を表した。(もう、声なんて出ません!)
  「おっし!良かった!!」
  満面の笑みを浮かべた檜佐木に、今度こそ倒れそうだった。(KOです!!)
  「も、いい加減俺のこと名前で呼べよ?」
  「・・・・・・しゅ、しゅ、しゅ、しゅ、しゅ・・・・・・・・・」
  「何だよ、?俺の名前、言えないのかよ?!」
  空気の漏れるような音を出すに、とうとう檜佐木が笑い声を上げた。











望んだのは一つだけ











 アトガキ
  檜佐木さんの夢が書きたくなるほど、コミック44巻の彼がカッコ良かった・・・
  もしも望みが叶ったら、次はいったい何を望めばいいの・・・・・・?

Photo by 塵抹

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