ねぇ、ディーノ・・・どうして、そんな顔するの?     .
  そう尋ねても、彼はただ首を振るだけだった。
  そうして、やっと気がついた。
  私たち、出会ったことが、間違いだったんだ、と     .





















  ディーノは扉に手をかけた。
  力を入れて押せば、重たい音をたてて、ゆっくりと扉が開いていく。
  僅かに開いた扉の中から、ピアノの旋律が聴こえてきて、ディーノは彼女がいることを知る。
  (・・・・・・逃げていて、欲しかった・・・・・・・・・!!)
  扉の間から中へ滑り込めば、いつもと同じように、ピアノ越しに視線をあげた彼女がディーノを見て、微笑んだ。
  いつもと同じ、彼女の大好きなピアノ曲     どこか悲しげな曲調を聴きながら、ディーノはギュッと目を閉じた。











  最初に出会ったのは、まだお互い幼かった頃。
  お互いのファミリーの間の緊張感も知らず、ただ行く先々で会う同じ年頃の相手と仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。

  最初に声をかけたのは、の方だった。
  「ねぇ、暇だからオママゴトしたいんだけど、いつも恋人役のロッキーがいないから、あなた付き合ってくれない?」
  「え・・・ロッキーって誰?」
  「いつも私の恋人役をしてくれる、金髪のお人形よ。本当はジェニーの夫なの」
  「・・・ジェニーって?」
  「私の恋敵。ブロンドのグラマーなお人形よ。でも、ロッキーは、最後は私を選ぶの」
  「そうなんだ・・・・・・俺は、ロッキーをやればいいの?」
  「違うわ。ロッキーは、ロッキーにしか出来ないもの。あなた、名前はなんて言うの?」
  「俺、ディーノ・・・・・・君は?」
  「私、。じゃぁ、ディーノは、ディーノの役をやって」
  「???」
  「ねぇ、ディーノ、私、お庭の噴水を見に行きたいんだけど、どうかしら?」
  「噴水?」
  「そう。ディーノは、見たいと思わない?」
  「うん・・・が見たいなら、俺も見たいかな・・・?」
  「よかった。私たち、とっても気が合うわね?行きましょう、ディーノ!」
  そう言って、戸惑うディーノの手を引っ張って、は走り出した。
  内気なディーノも、楽しそうなにつられて、いつの間にか声をあげて笑っていた。

  遠い日の、残像。






  楽しい時は、短かった。
  互いにボスのたった一人の息子と娘で、互いのファミリーの仲が険悪なことを最初に知ったのは、ディーノの方だった。

  いつものように遊びに行こうと、手を引っ張ったの手を、最初に離したのはディーノの方だった。
  振り払われた手を見て、戸惑ったようにがディーノの顔を見た。
  「・・・どうしたの、ディーノ?体調が悪いの?」
  「・・・・・・違う」
  「じゃぁ、お庭に行きましょうよ?前に話した、お花が咲く頃よ?」
  「・・・・・・行けない」
  「どうして?一緒に見よう、って言ったのに・・・それじゃぁ、私のピアノ聴いてくれる?」
  「・・・・・・ダメなんだ」
  「どうして?ディーノ、前に、聴きたいって言ってくれたのに・・・」
  「ダメだよ。俺はキャッバローネのディーノで、君はだから・・・!!」
  「どういうこと?」
  「キャッバローネ・ファミリーと、・ファミリーは、仲が良くない、って・・・だから・・・・・・」
  「関係ないわよ!だって、ディーノはディーノでしょ?ディーノは、ディーノの役をやってくれればいいの!!」
  「ダメだよ・・・俺は、キャッバローネのディーノだから・・・・・・」
  「ロッキーのことなんて、もう忘れるから!ねぇ、ディーノ・・・どうして、そんな顔するの?もう、一緒にいられないの?」
  黙って首を振るディーノに、の目から涙がボロボロと溢れ出した。
  唇を噛み締めて、黙って泣くに、幼いディーノは触れることさえ出来なかった。

  遠い日の、記憶。






  再会は唐突だった。

  長い時の流れの中で、ディーノはのことを忘れていた。
  幼い日、ともに遊んだという女の子がいたことは、うっすらと覚えていた。
  だが、あの日、・ファミリーからの血判状をのボスの娘が持ってきてディーノとの面会を希望している、と聞いたときも、記憶のなかのとは結びつかなかった。

  部屋に入ってきたのボスの娘の顔を見て、ディーノは息を呑んだ。だった。
  その顔を見るまで、・ファミリーは粛清する気だった。悪いが、ボスの娘を無事に帰すつもりもなかった。
  「お久しぶりです、キャッバローネ・ファミリーのボス『跳ね馬』ディーノ」
  うっすらと微笑んだ彼女から、目を離せなかった。
  「本日は、突然のことでしたのに、お会いしていただけ、嬉しく思っております」
  突っ立ったままのディーノの前に、が片膝を付いた。
  「・ファミリーは、ここにキャッバローネ・ファミリーへの忠誠を誓います」
  ディーノの心が、軋んだ。
  「忠誠の証に、血判状と人質を・・・・・・お気に召さなければ、破り捨て、切り捨てていただいて構いません」
  「・・・・・・」
  「こんなふうに再会できるなんて、夢にも思っていませんでした」
  そう言ってうっすらとは微笑んだ。











  曲が終わった。
  ディーノはゆっくりと目を開けた。
  ピアノの蓋を閉めて、が椅子から立ち上がるところだった。

  「・・・・・・・・・どうして、逃げていてくれなかった?!」
  「言ったはずよ、ディーノ。あなたがいるこの場所から、私は逃げたりしない、って」
  「・・・・・・・・・・・・!!」
  唇を噛み締めるディーノに、がうっすらと笑った。
  「思っていたより、遅かったわ・・・・・・が、裏切ったのね」
  疑問系ですらない、確信に満ちたの言葉に、ディーノは顔を手で覆った。
  !!どうして、知っていて、どうして!!?
   どうして、俺に、こんなことをさせるんだ!!俺は、俺は     

  「ディーノ、迷わないで」
  ディーノの手に、そっと触れた温かさに、泣きそうだった。
  唇を噛み締めて、ディーノは首を振った。
  「ダメよ、ディーノ。あなたは、キャッバローネのボスなんだから。裏切り者には制裁を。不要なファミリーには粛清を」
  人の命は軽い。
  ディーノのいるこの世界ではさらに軽い。
  (だからこそ、大切にしたいと思うのは間違いなのか?!
   甘さは命取りになる、そんなことは分かってる!
   それでも優しい人間でいたいと思うのは、俺の我侭なのか?!!)

  いくら悩んでも、答えは出ない。
  答えは出ないが、時間は迫っている。

  「ディーノ、しっかりして。あなたは、キャッバローネのボス、『跳ね馬』ディーノでしょ?」
  触れている温かさを確かめたくて、ディーノはに手を重ねた。
  「部屋の外で、部下の方が待っているわ・・・私にも、親切にしてくださった方よ。困らせたりしないで」
  開いたままの扉の外に、ロマーリオの姿が見える。彼も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
  ディーノとの視線に気付いて、気まずそうに目を伏せた。
  ロマーリオだって、ディーノがを殺したくないと思う気持ちを知っている。ロマーリオだって、が死んでいいとは思っていないはずだ。

  「は裏切った。そのがキャッバローネに送った人質を、生かしておくことはないわ。
   裏切りものの末路は、凄惨に、残酷に、裏切ったことを後悔させるように・・・・・・そうするのが、この世界の掟でしょ?」
  そう言って、はうっすらと微笑んだ。
  「私は、十分幸せだった。だから、大丈夫よ・・・だから、そんな顔しないで、ディーノ」
  黙って首を振るディーノに、が昔のように笑った。
  「私たち、出会ったことが間違いだったのよ、ディーノ」
  「ダメだ、ダメだよ!!!・・・・・・俺には、君を殺すなんて、出来ないっ!!!」
  「ディーノ、優しいディーノ、泣き虫で、変わらない・・・だから、大好きよ。みんな、みんな、ディーノことが大好き。キャッバローネのみんなも、もちろん私も、ディーノが大好きよ。だから、大丈夫。だから、私を殺して?ね?」
  うっすらと微笑を浮かべるに、ディーノは呻いて、ただ首を振った。











無理だ、って泣くあなたが好きなの











 アトガキ
  ひたすら暗さを意識したので、さんが病んでる・・・暗い。
  本当よ、ディーノ。そんなあなたを、私は愛してる。

Photo by 空色地図

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