「あれ?」
  「どうした?」
  は首を傾げた。何か、足りない気がした。
  「うぅん、何でもない・・・」
  「だったら、さっさとカード開けろよ? ま、俺の勝ちだろうがな!」
  「まだ分かんねぇだろ?」
  「またボロニアルが大口叩いてっぞ!」
  「五月蝿いぞ! 黙ってろよ!! ほら、早くしろよ、!」
  「うん・・・・・・」
  促されて頷いた。
  ファミリーの皆とカードで勝負している真最中だ。手を止めて勝負を中断する理由はないはずだった。
  何か足りない。何だろう・・・・・・分からないまま、机の真ん中に積まれたカードの山に手を伸ばした。
  「!?」
  伸ばした左手の小指に、指輪が嵌まっている      .
  (この指輪・・・・・・)
  父の指輪だ。どうして、自分がしているのだろう      
  (貰った? ・・・・・・違う・・・・・・アタシ、あげた・・・・・・誰に・・・・・・)
  「!! ランチア?!!」
  気付いた。
  ランチアだ。
  「うわっ!! ここでそのカード引くか?!」
  「おぉぉ!!! ボロニアルの負け決定!!!」
  「相変わらず、このゲーム、強すぎだぜ!」
  「カードの神様に愛されてるって、は!!」
  のめくったカードに、額を押さえて皆が呻く。その顔を、は今一度見渡した。
  ファミリーの皆が集まっているこの場に、ランチアだけがいない。
  「ねぇ、ランチアは?」
  どうして気付かなかったんだろう。ランチアがいないことに、今まで気付かなかったなんて、自分で自分が信じられない。
  「ランチアなら、まだだぜ?」
  「そうそう。どっかで道草喰ってんだ、あいつ」
  「来るつもりねぇんじゃねぇ?」
  皆が苦笑を浮かべて、しょうがない奴だと語り合う。
  「え〜・・・ランチア、来ないの?」
  不満気に口を曲げたに、ファミリーの皆がニヤリと笑う。
  「は、いっつもランチア、ランチア〜って、本当に、アイツのことばっかりだよな?」
  「なぁ? 気付いてないの、本人だけだろ?」
  「いい加減、お互い素直になれって」
  「見てて、こっちが苛々してくるぜ。じれったくて」
  「ホント、ホント! さっさとくっ付いちまえって!!」
  「もう!! アタシ別に、ランチアのこと、そんなふうに想ってないし!!!」
  堪らなくなって、は叫んだ。だが、皆はニヤニヤ笑って冷やかしの手を緩めてはくれない。
  「顔が真っ赤だぜ、? 酔っ払ってんのかぁ?!」
  「そりゃぁ、酔ってるだろうよ、ランチアの奴に、な!!」
  「か〜!! 羨ましいぜ! ランチアの奴、にこんなに想ってもらえるなんて!!」
  「色男は違うな?! 今度、を何て口説いたのか、教えてもらおうぜ?!!」
  「ファミリー内恋愛って、結構周りが気を使うよなぁ?」
  「ホント、ホント! ラブラブ過ぎて、見てられねぇって!!」
  「あ〜〜〜!!! もう!!! みんな止めてよ!!!」
  は悲鳴を上げた。
  顔が熱くて仕方ない。きっと、トマトみたいに真っ赤になっているに違いない。
  「お前の人生だ、好きにすればいい」
  肩に置かれた手に、は恥ずかしさに伏せていた顔を上げた。
  「父さん・・・」
  「なぁ? お前たちも、そう思うだろ?」
  父の言葉に、皆が、そうだそうだ、と頷く。それに対して、父も口元を緩ませた。
  「自分の思ったように生きた結果なら、受け止められる。どうってことない・・・そうだろ?」
  「あぁ、もちろんだぜ、ボス!!」
  「俺たちは好きにやったんだ。それを後悔しちゃいねぇ!!」
  「後悔できるようなやつが、元々マフィアになんてなるかよ?!」
  「違いねぇ!! ここにいるのは、アホばっかりだからな!!」
  「お前は、俺の自慢の娘だ・・・だから、胸を張れ。
  「・・・もぅ・・・・・・何言ってんの・・・」
  いつにも増して親馬鹿な父の言葉に、は照れながら、腰掛けていた椅子から立ち上がった。
  「じゃぁ、好きにする・・・ランチア、呼んでくる」
  「戻ってこなくていいんだぜ、?」
  「そうだそうだ!! 二人でどこでも行っちまえよ!?」
  「なんだったら、そのままシッポリ・・・」
  「馬鹿!! ボスの前で、お前は何言ってんだ?!!」
  「急いで来る必要はねぇから、ゆっくりして来い、
  ギャンギャン騒ぐ仲間たちに、は苦笑を浮かべた。
  「はいはい。もう、分かったから・・・じゃぁ、戻ってこなくても、変な冷やかしは止めてよね?」
  も悪乗りして冗談を言えば、皆が歓声をあげて喜んだ。
  「・・・ったく・・・・・・別に、アタシは、ランチアのことそんなふうに想ってないのに・・・」
  ぶつぶつ呟きながらは扉に向かった。
  「
  「ん?」
  扉の横で煙草をふかす男が、を呼び止めた。
  吸っていた煙草を口から外して、それをに向ける。
  「俺は、メンソールは好かん」
  「? 知ってるけど・・・・・・煙草、吸いすぎは体に毒だよ?」
  煙草の煙に眉を寄せたに、壮年の男は、ニヤリと笑った。
  「知ってるさ。これで肺を悪くするのが、俺の夢だ」
  「男って馬鹿」
  「ふ・・・今更、だな。ランチアの馬鹿にもヨロシクな」
  「もぅ・・・何なのよ・・・」
  父といい彼といい、年寄りは時々意味が分からないことを言うから困る。人生の教訓めいていて、それを理解できない自分たち若年者の様子を見て、楽しんでいるとしか思えない。
  苦笑を浮かべたまま、は部屋の外へ滑り出た。
  屋敷の中を一通り見て回ったが、ランチアはどこにもいなかった。
  それどころか、誰もいない。みんな、カードをしに集まっているようだ。
  は門の外へ足を向けた。
  ランチアを探しがてら、ぶらぶら散歩するのも、偶にはいいかもしれない。
  (・・・アタシがランチアを好きだって、そんなにバレバレ?)
  続く一本道を、風に吹かれて歩きながら、は笑った。
  (上手く隠してるつもりだったんだけどな・・・・・・)
  木漏れ日が暖かく、春を感じられる。ぐっと、は大きく伸びをした。
  (・・・これで、ランチアにもバレてたら・・・・・・それは無いか・・・)
  その確信には笑った。あのランチアが、素知らぬ顔をしていられるはずが無い。
  (そういうところ、なのかな・・・・・・・・・そういうところも、なのかな・・・)
  ランチアのどこが好きなのか、何に惹かれるのか、正直にも分からない。
  でも、ランチアが笑う度に、胸が高鳴る。
  ランチアがそこにいるだけで、幸せになる。
  ランチアが怪我をすれば泣きたくなるし、会えない日が続けば憂鬱になる。
  何か悩んでいれば力になりたいし、辛いことがあるなら相談して欲しい。
  ランチアの顔が見れただけで今日はいい日だと思えるし、声が聴けただけで前向きになれる気がする。
  ランチアが楽しそうにしているだけで嬉しくなるし、隣に座れただけで神様に感謝したくなる。
  ランチアという存在が、の日々を女神様も羨むようなキラキラした特別な日々に変えていく。
  (アタシ、やっぱり、ランチアのこと、大好きなんだ・・・・・・)
  改めて、そう思ったら、不思議と笑いが浮かんできた。
  いつの間にか、随分と遠くまで歩いてきてしまったらしい。
  門はとっくに見えなくなっていた。
  土が盛られて高くなった畦道の上に、見覚えのある後姿を見つけた。
  真っ黒なスーツも、すらりと伸びた手足も、無骨な後姿も、が求めていたものだった。
  「ランチア!」
  聴こえないのだろうか?
  振り向かない後姿に、はもう一度大きく息を吸った。
  「ランチア!!!」
  かなり大きな声で呼んだつもりだったが、まったく聴こえていないのか、振り返る気配は無い。
  (・・・ワザと?)
  さっさと呼びに来ないに、ちょっとした意地悪でもしているつもりなのかもしれない。
  (それなら・・・・・・)
  そっちがそのつもりなら、こっちにだって考えはある。
  は一つ深呼吸して、思いっきり叫んだ。
  Mi piacque Lancia・・・・・・Io ora amo Lancia!!        アタシはランチアが好きだった・・・今はランチアを愛してる!!   
  振り返ったランチアの驚いた顔が、を見つけて、ふっと優しい微笑みを浮かべた。
  も微笑んだ。
  ランチアが、振り向いてくれたことが嬉しかった。
  ランチアが、自分を見つけてくれたことが嬉しかった。
  ランチアが、自分に微笑んでくれたことが嬉しかった。
  ランチアが、に向かって手を伸ばしてくれた。
  その手に向かって、は走り出した。
  少しでも早く近づきたくて、まだ遠いその手に向かって、は思いっきりジャンプした。
  「ランチア!」
  伸ばしたの腕を、ランチアの手が捕まえてくれた。
  ほっと安心して、はランチアの左の小指に指輪が嵌まっていることに気付いた。
  (・・・・・・?)
  さっきまで自分がしていたはずの指輪が、ランチアの指に嵌まっている。
  (・・・・・・あれ? やっぱり、アタシ、ランチアに指輪、渡してる・・・・・・)
  自分の指を見れば、そこにやっぱり指輪はなくて、は首を捻った。
  (何で・・・・・・? アタシの、勘違い?)
  
  ランチアの声に、は視線を上げた。
  「頼む・・・・・・・・・」
  (・・・ランチア?)
  急に、自分の体が鉛のように重くなった。
  おかしい。さっきまであんなに明るかったのに、今はもう、ランチアの顔さえ見えない。
  「・・・目を醒ましてくれ、
  急激に、世界がひっくり返った。





















  「・・・・・・アタシ・・・・・・?」
  「!!! 良かった!! 意識が!!!」
  自分に笑顔を向ける少年に、まったく見覚えがない。
  首を捻って周囲を確認しようとして、鈍痛が体中を走り抜けた。
  「駄目です! まだ安静が必要です!!!」
  心配そうな表情に、何があったのかを思い出した。
  「そっか・・・・・・アタシ、助かったんだ・・・」
  何だか、長い長い夢を見ていた気がした。幸せな夢だった気もするけれど、夢は夢らしく、輪郭をはっきりさせようと思えば思うほど、ぼやけて崩れていった。
  「・・・ランチアは?」
  「それが・・・・・・」
  言い難そうに言葉を濁した少年に、はその先に続く言葉を簡単に想像することができた。











めがみさまもうらやむような











 アトガキ
  次、ラストです。
  幸せな日々の残像は、女神の涙よりも心に滲みて・・・

Photo by 水没少女

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