アタシは、彼を愛している。
彼は、アタシの家族を殺した男だけど。
それでも、アタシは彼を愛している。
愛していると認めてしまった。
だから、アタシはもう許す側の人間じゃない。
彼と同じく、復讐される人間に。
彼と同じ、裁きを待つ罪人に。
(今日は随分と・・・雲の流れが速い・・・・・・)
咥えていた煙草を口元から外して、は目を細めた。
「・・・あの日と、同じ・・・・・・」
呟いて、は自嘲の笑みを浮かべた。
「・・・なわけない、か・・・・・・」
腰をあげて、は花を供えた墓を見下ろした。
「・・・・・・・・・ごめんなさい」
呟いても、誰も答えてはくれない。誰も許してはくれない。
そう分かっていても、はいつも死者に向かって、そう呟いてきた。
仇をとることも叶わない、自分がマフィアではないことを。
憎み続けることも難しい、仇を想ってしまう弱い自分を。
仇であることを忘れて、どうしても彼に惹かれてしまうのを。
そして .
「アタシは、ランチアを許すことにする・・・だって、アタシは、彼のこと、愛してる・・・」
墓石に触れかけた手を止めて、は寂しく笑った。
「だから、彼を怨むなら、アタシも一緒に怨んでね? 父さん・・・」
もう、墓前に向かって、「許して」と言うのは止めた。ただ、自分が口に出来るのは、「ごめん」という謝罪の言葉だけだ。
「Io sono spiacente・・・・・・E una figlia di unfilial」 ごめんなさい・・・・・・親不孝な娘ね .
もう一度、深く頭を垂れて、は墓に背を向けた。
ランチアが日本に向かってから、1週間が経っていた。だが、この墓をランチアが訪ねた形跡はない。
(・・・ランチア、あなたはまだ、イタリアには戻ってないんでしょ・・・・・・?)
日本に長居するつもりはない。すぐに戻る .
そう言ってランチアは日本へ向かった。
まだほんの1週間だ。片道12時間以上かかる旅だ。
日本での用事が長引いているのかもしれない。
必ず戻る .
そう言ったランチアの言葉を、信じている。
(違う・・・・・・信じたいんだ、アタシは・・・・・・)
滞在している、墓地からそう遠くない安ホテルへ向かいながら、は煙草を咥えた。
(あの時とは違うって、信じたいんだ・・・・・・)
あの時 父とファミリーの皆が殺されて、見えない殺し屋に怯える中で、身の回りの品だけ詰め込んだトランクを引いて、突然語学留学という海外渡航のチケットを渡されて、無理矢理飛行機に乗せられて、大好きだったランチアと離れることになった あの時とは違う、と。
(約束したから、大丈夫だって、そうアタシは信じたいんだ・・・・・・)
あの時、大きな波に呑まれるようには何も出来なかった。抵抗も、約束も、何も出来ずにランチアと離れ離れになった。
ずっと続くはずの日常が、とても幸せな世界だったのだと気付いたのは、飛行機が飛び立ってからだった。
再会する約束もなく、会えるかどうかも分からない。忘れたほうがいいのか、忘れなければならないのか、それともずっと想い続けてもいいのか 何も縋るものがない日々は、不安で仕方がなかった。
一日が一年のように感じ、心がどんどん重たく、まるで石のように思われた。
(約束したから・・・・・・)
今度は、いつまで待てるだろうか? 一ヶ月? 半年? 一年? それとも、約束無しで5年待ったのだから、今度は10年?
(・・・お願いだから・・・・・・アタシが、まだ信じていられるうちに・・・・・・)
不安に揺れそうになった心を、自嘲の笑みを浮かべることで、は何とか持ち堪えた。
そんな自分を鼻で笑って、は紫煙を揺らしながら、すでに通い慣れた道をホテルへと戻ったのだった。
待ち人来ず
「ランチア殿! 動くのはまだ無理です!!」
「悠長な時間など俺には 」
「傷が開きかけてます!! もう暫くご辛抱を!!」
「 」
必死なバジルの瞳に、ランチアは押し黙った。
本当なら、日本から戻ったその足で、約束を守るために、すぐにの元へ戻るつもりだった。
だが、バジルと共に乗った東京発ローマ行きの機内で、ランチアを殺すために雇われた殺し屋と遭遇し、傷を負った。
幸い、命に係わる怪我ではなかったが、傷を負ったまま敵と戦ったのが良くなかったのだろう。傷の治りが遅い。
暗殺者は、復讐のために雇われたと言った。おそらく、ランチアが殺してきた者の遺族が雇ったのだろう。
骸に操られていたとはいえ、すべてランチアの招いたことだ。それなのに .
「せめて、傷が塞がるまでは!!」
まるで、自分にも責任があるかのように、バジルはランチアの負傷を心配する。
(いや・・・違う・・・・・・)
「拙者は、ランチア殿が心配なのです!!」
その言葉に、偽りはない。バジルは、純粋にランチアの体を心配しているのだ。
人殺しである、自分の .
「・・・分かった」
「良かったです・・・」
心から安堵したように笑うバジルに、ランチアは微かに顔を綻ばせた。
(・・・すまない、。だが、俺は必ず戻る・・・約束は守る・・・お前が信じてくれたのだから!)
勝手にしなさいよ .
ランチアの心の中で、が鼻を鳴らして肩を竦めたような気がした。
「ランチア殿! 拙者はランチア殿が好きです!!」
「?」
突然の言葉に、ランチアは目を見開いた。
「優しくて、強くて、まるで憧れのサムライのようです!!」
「俺は・・・そんなものではない」
「そんなことありません!! ランチア殿が胸に秘めている想いが、ランチア殿をそのように在らしめているのだと、拙者は思うのです!!」
「胸に秘めた、想い・・・・・・」
思いもかけない言葉を、ランチアは繰り返した。
バジルが大きく頷く。
「はい!! ランチア殿は、けっして自分のために力を使いません。いつも、誰かを守るために、その力を使われます。誰かを大切に思う気持ちが、ランチア殿をランチア殿としているのだと、拙者は推測します!!」
「誰かを、大切に思う気持ち、か・・・・・・」
ランチアは微かに微笑んだ。
(を守るために・・・・・・)
ランチアの厳めしい顔が優しげに変わるのを、微笑んで見守っていたバジルが、表情を改めた。
「ですが! 今はご自分の体を大切に思ってください!!」
「ああ・・・分かっている」
苦笑を浮かべて、ランチアは頷いた。体が本調子でなければ、大切な誰かを守ることも難しくなるのは明白だった。
(もう少し、待っていてくれ・・・・・・・・・)
バジルの言葉に従って、ランチアは大人しく傷を治すことに専念することを決めたのだった。
俺は、あいつを守らなければいけない。
あいつの世界を壊したのは、俺だから。
もう信頼を裏切るようなまねは出来ない。
交わした約束を、反故にすることなど考えられない。
絶対に、あいつを守り、あの頃の笑顔を取り戻す。
そのために、俺は戻らなければ。
そのために、俺は 。
アトガキ
Photo by 水没少女
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