「裏切り者め!! あの男とともに殺してやる!!!」
それでもいいと、思ったこともある。
アタシは、ランチアを許してしまった裏切り者だから。
でも 今は少し違う。
今は・・・・・・出来れば、ランチアと一緒に生きたいと、そう願ってる。
(!!? ・・・・・・・・・違う・・・)
一瞬心が弾んだ自分に苦笑を浮かべて、は歩調を緩めた。
墓の前に誰かいることに気付いて、瞬間、ランチアが戻ってきたのかと思った。
(・・・・・・どれだけ、ランチアのことが待ち遠しいわけ・・・・・・?)
気まずさに煙草に手をかけて、だがはその手を止めた。煙草を吹かしたまま、挨拶をするのは失礼なような気がした。
(これは・・・・・・罪悪感ね・・・)
ランチアを殺すことを諦めたから。
仇を討つことを止めたから。
だから、家族を殺されたのは同じでも、自分はもう遺族の側にはいないと、そう思ってしまっているから .
「・・・お久しぶりです」
「さんか・・・・・・」
父の墓前で振り返った男は、近づくに別段驚きもしなかった。
が来ていることに気付いていたに違いない。彼は若くしてベッチオファミリーの幹部候補だ。現役のマフィアが、一般人のの気配に気付かないはずがない。
墓前に供えられた花束に、は頭を下げた。
「父に会いに来ていただいて、ありがとうございます」
「いいや・・・自分の覚悟を確認する時は、いつもここに来るんだ」
男はそう言って墓に目を落とした。
「ボスや兄が死んで、もう5年も経ってしまったなんて・・・・・・時の流れるのは早い」
「・・・・・・・・・」
は黙って、持ってきた花を墓に供え、軽く瞳を閉じた。
(・・・まだランチアのことを・・・・・・)
当然だ。
彼ら兄弟は、の父のファミリーの一員だった。先にファミリーに加わった兄に憧れて、彼も同じマフィアの世界に足を踏み入れたのだ。その兄が、ランチアに殺されている。ランチアを憎んでいないはずがない。
今、目の前にいる男はあの事件のとき、同盟ファミリーであるベッチオファミリーに出向いていて無事だった。
戻るファミリーを失った男が、ベッチオファミリーに加わることになったのは自然な流れだ。だが、相当の努力をしたのだろう。そうでなければ、この若さで幹部候補になどなれるはずがない。
きっと男は、今も兄を、当時のボスであるの父を殺したランチアのことが、憎くてたまらないのだろう。
(・・・だから、仇を討てないまま『もう5年も経ってしまった』と・・・・・・)
は目を開けた。
立ち上がって振り返れば、男の視線が、じっとを見つめていた。
「・・・あの男と、一緒にいると聞きました」
動揺したくなかった。
いつか、こんな日が来るだろうと、思っていた。
「・・・・・・何故、あの男と一緒にいるんですか?」
『あの男』が誰を指すのか、には分かりきっていた。
だから、何も言いたくなかった。
言えば、それは全ていい訳になるから。
「あの男と一緒にいるのは、仇を討つためですか?」
何も言えることはなかった。
だって、自分はもう、彼ら遺族たちと同じ側にはいないから。
自分は、ランチアと同じ場所に立つことを望んでいるから。
「・・・・・・殺せるんですか? あなたに・・・・・・」
ならば、自分が出来るのは、ぶつけられる感情から逃げ出さないことだけだ。
この視線を外さず、全て受けとめることだけだ。
の視線と、男の視線がぶつかった。
その視線を先に閉ざしたのは、男の方だった。小さく息を吐いて、彼は尋ねた。
「・・・・・・まだ、この辺りに滞在されるつもりですか?」
「はい」
「そうですか・・・・・・では、またお会いするかもしれませんね・・・・・・」
言い残して、男はに背を向けた。
遠ざかっていく背中を見つめながら、ようやくも肩から力を抜くように、大きく息を吐き出した。
燻ぶる過去
「・・・・・・ランチア殿・・・」
「ここで待っていてくれ」
「それは出来ません! ランチア殿は、まだ傷だって癒えていないのですから!!」
「・・・・・・分かった」
それ以上は止めず、ランチアは扉に向かった。
負った傷を癒すために滞在した地に、嘗て殺めた仲間の遺族がいることを知り、ランチアは傷が塞がったのを機に、謝罪に訪れることを決めた。
それを知って、バジルはいい顔をしなかったが、ランチアの意志が固いことを組んで、自分が同行すること、傷が開くような無理はしないことを条件に、今回の訪問を認めたのだった。
(・・・・・・やはり、違うな・・・・・・)
目の前の扉を叩きながら、ランチアはそう思っている自分に、内心で苦笑した。
バジルの心配気な気配が感じられる。
純粋に自分のことを気遣う気配に、馴染みのない違和感を覚えてしまう。
いつも背後から感じる気配は、比べてみて分かったが、全然違うものだと、今、はっきりと気付いた。
痛み、悲しみ、苦悩、そして決意 から漂う気配は、押し殺した悲鳴のようだった。
は家族を殺したランチアのことを憎み、怨んでいるのだから、バジルのように気遣う気配がないのは当然だろう。
だが、あって当然の殺意がまったくなかったことに気がついた。
憎しみよりも、痛みの方が滲んでいたことに気がついた。
悲しみよりも、苦悩の方が強かったことに気がついた。
(何故・・・・・・)
その答えが出る前に、扉が開いた。中から、真っ黒な絶望に身を浸した女性が顔を覗かせる。
ランチアを見る目に、深い憎しみと濃い殺意が滾っている。
(そうだ・・・・・・やはり、違う・・・・・・)
ランチアを見るの瞳は、こんなに暗くない。もっと悲しげで、苦しそうで .
「・・・何か?」
氷よりも冷たい声で、女は言った。
当然だ。ランチアは、この女の最愛の人間をこの世から消し去ったのだから .
「・・・あの女と、一緒にいるんだって?」
じろりと、女はランチアの背後に目を向けた。そこにバジルがいることを認めて、女の口元が歪む。
「・・・・・・なんだ。違うの・・・せっかく裏切り者を罵ってやろうと思ってたのに」
「何を・・・言っている・・・・・・?」
戸惑うランチアに、女は蔑むように笑った。
「裏切り者同士、お似合いじゃないかぇ? どっちから近づいたか知らないけどさぁ」
「何の、ことだ・・・・・・?」
「家族を殺した男に惚れる女も女だけど、あんただって、自分が殺したボスの娘に情を寄せるなんてさ!!」
「!!?」
ランチアは驚愕に固まった。
否定しようとして、否定しきれない自分に気付いて、ランチアは狼狽した。
(そんな・・・まさか?! 俺はを・・・?!! だが、しかし )
そんなランチアを女は嘲笑った。
「あんただって、大切な人を殺されればいいんだ!! そうしたら、あたしらがどんな気持ちか分かるだろうよ!!」
荒々しく閉められた扉の前で、ランチアは酷く動揺していた。
「・・・ランチア殿・・・・・・」
立ち尽くすランチアに、バジルが遠慮がちに声をかけた。
「・・・・・・行かなければ」
「ランチア殿?!」
困惑するバジルに構っている余裕など無かった。
押さえ切れない焦燥感に、ランチアは踵を返した。
「戻らなければ・・・・・・!!」
「ランチア殿!!」
ただ、大切な人のことが気がかりだった。
アトガキ
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