【すべてのもののなかで   先立つものは「こころ」である
すべてのものは「こころ」を主とし   「こころ」によってつくりだされる・・・】

「アンバーグラウンド教典」第一偈

        夜が明けることのない、ここアンバーグラウンドで、誰もが支えとするその教え。
  そして、その「こころ」が込められた手紙を配達する、郵便配達員―テガミバチ―という職業がある。
  人から人へ、托された「こころ」を運ぶ誇りある仕事       だが、その仕事をする人間の「こころ」がそれに見合うかどうかは・・・・・・残念なことに、また別の話なのだ。本当に、残念なことに・・・











奇人変人誰のこと











  「珍しいな。お前がハチノスにいるなんて」
  「ちっす、モックこそ」

  階段に座ってぼんやりしていたら、下からモック・サリヴァンが上がってきた。
  相棒―ディンゴ―の王冠コブラのクランクも、ニョニョンとモックの鞄から顔を出したので、そっちにも視線だけで軽く挨拶。

  「残業申請書、出しに寄った」
  「あ〜、また出すの? 一々面倒なのに、マメね〜」
  「ふん。サービス残業なんか、やってられないからな」
  ピラピラと用紙を振って示すモックに、ふ〜んと頷く。

  「で、は何でここに?」
  「ん〜左遷?」

  「は?」

  モックの目がまん丸に見開かれた。
  「何かね。一週間ほどお茶でも淹れてろって」
  「は? 何だそりゃ?」
  「知らな〜い。さっき、館長に呼び出されて、そう言われた」
  「なるほど。確かに左遷だな」

  「左遷じゃなくて、休養だ」

  「あ。死骸博士」
  「!? おい、!! お前、失礼だろっ!!?」
  いつの間にか、サンダーランドJr.がコーヒーを啜りながら後ろにいた。

  死骸を郵便館―ハチノス―内の研究室、通称ヘルズ・キッチンに持ち込んでは、解剖して楽しんでいるという噂のサンダーランドJr.だ。
  その研究の傍ら、ハチノスの医療班として、テガミバチたちの健康管理を任されている。特に、テガミバチにとって鎧虫と戦う心弾を放つために必要不可欠な「こころ」の診断は、彼の専門だ。

  そんな生物科学の権威である博士に向かって、あろうことか影で囁かれる蔑称を口にした
  モックは冷や汗が止まらない。
  だが、大して気にした様子もなく、サンダーランドJr.はコーヒーを片手に言い放った。

  「構わん。どうせ「こころ」の使いすぎで、おかしくなってるんだろうしな!」

  「はい?」

  聞き返したモックに、サンダーランドJr.は面倒そうに顎をしゃくった。
  「おかしくなってる奴の戯言だと言っている! お茶でも淹れろ、と言うのは「こころ」の残量が回復するまで一週間ほど休ませろと、館長に忠告した。その結果だろう」

  「休みなんていらな〜い。どうせ暇なんだもん」
  が、仏頂面で、溜息とともに呟く。
  「そしたら、ハチノス内で雑用、一週間ほどお茶くみしろって。超ツマンナイ」

  「なら、さっさと「こころ」を回復させろ」
  言って、面倒そうにサンダーランドJr.が手元のコーヒーを啜る。
  「そうすれば、早急に業務に復帰できる」

  「はぁ・・・・・・鎧虫ぶっ倒したい。バッキバキのボッコボコにしたい」
  つまらなそうに溜息を吐いたを、馬鹿にしたような顔でモックが上から見下ろしてくる。

  「バキバキのボッコボコにしすぎて、こうなってるのが分からないのか?」
  「分かるけど、分かりたくない〜!」
  「馬鹿なのか? いや、馬鹿なんだな」
  「馬鹿馬鹿言うな! 馬鹿で何が悪い!!?」
  「悪くはないが、迷惑だ
  「なっ!? いつ、私が迷惑かけたぁ?!!
  大声を上げたら、わざとらしく眉を顰めて、さらに五月蝿いと耳を塞ぐジェスチャーされた。

  怒りにワナワナと震えるに、モックは冷淡に口を開いた。
  「忘れたとは言わせない。お前と組まされるたびに、俺の配達が遅れるのは誰のせいだ?
    お前と組まされるたびに、俺が有給休暇を消化するはめになるのは誰のせいだ?
    お前と組まされるたびに、俺が翌日筋肉痛に悩まされるのは誰のせいだ?

  「な・・・?!! 筋肉痛になるのは、モックが普段体動かすのサボってるからでしょーが!!!
   あんな馬鹿っぽい心弾が決め技のモックが悪いんじゃん!!!

  ピクリ、とモックのコメカミが引き攣った。

  モック・サリヴァンの心弾は、大抵のテガミバチが使う銃ではなく短剣で放たれる。
  そのためには、ディンゴのクランクの毒によって覚醒、というよりもハイにならないといけないらしく、その姿は普段の彼からは想像がつかないほどに、壊れまくっている。
  そのことを指摘され、モックがコメカミを引き攣らせながら、声を荒げた。

  「馬鹿のに言われる筋合いはない!
   大体、いっつもいっつもお前が派手に心弾ぶっ放すから、余計な鎧虫まで集まってくるんじゃないか!!
   少しは加減ってものを覚えたらどうだ!!!
   いっつもお前が鎧虫集めすぎて、俺が手伝うはめになってるんじゃないか!!!
   つまり、全部、お前が悪い!

  「はぁ?! 何言ってくれちゃってんの?!!
   いつ、私が手伝ってくれって言った?
   モックが勝手に私の獲物、横取りするんじゃん!!
   それで、倒した後はヘバッちゃってるんだから、ザマァナイよね!!
   私が運んでやらないと、一人で歩けやしないんだから!


  「俺だって、運んでくれなんて頼んだ覚えはない!!
   それに、俺がお前を手伝うのは、遅達常習犯のお前に足を引っ張られて、俺の配達ノルマが下がるのが嫌だからだ!!
   鎧虫退治に夢中になって、肝心の手紙を遅達するようなお前と組むなんて、本当はこっちから願い下げだ!!


  「それはこっちのセリフ!!


  ふん!!と互いに鼻息荒くソッポを向く。

  「・・・残業申請の書類、出しに来たんじゃないのか? 事務所、もう閉まるぞ」
  ずずーっとコーヒーを啜っていたサンダーランドJr.の言葉に、モックがをジロリと睨んで、背を向けた。

  「出しに行きますよ。そのために、来たんですから」
  「さっさと出しに行け〜!!」
  去っていくモックの背中に、思いっきりアッカンベーと舌を出す。

  「・・・・・・とか言いながら、あの書類、別に急ぎじゃないだろ?」
  「知らな〜い」
  サンダーランドJr.の苦笑交じりの言葉には、適当に返事をしておく。

  呆れた溜息を吐いて、サンダーランドJr.が白衣のポケットから懐中時計のようなものを出して、フム、と頷いた。

  「オッケーだ。一応、明日は休めよ」
  「こころ」の残量を計る心量計を戻しながら、サンダーランドJr.が判断を下した。
  「え〜〜〜、休まなきゃ駄目?」
  「念のためだ。それが嫌なら、一日中喧嘩でもしてろ」
  「は〜い」
  ニヤリと笑ったら、深い深い溜息をサンダーランドJr.が落とした。

  「副館長の回復弾よりも、モック・サリヴァンとの口論の方が、「こころ」を回復させるとは・・・・・・」
  「まぁ、人それぞれでしょ?」
  諦めたように、サンダーランドJr.が笑った。

  「そうかも知れんが・・・そのうち、解き開いてみたいものだ。その肉体を!
  「えっ?!」
  驚いて見れば「冗談だ」と言ったが、サンダーランドJr.の目が若干怪しい光を放っているように見えるのは、さてさて気のせいなのか・・・・・・

  「解剖しても、無理でしょ?」

  「ん?」

  「だって「こころ」は解剖できないもん」
  モックが去っていった方向を見つめて、笑う。

  「だって、私、モックのことが好きなんだもん!

  「・・・・・・まったく、お似合いだよ、君たちは。変わり者同士」
  呆れたようなサンダーランドJr.の呟きに、もう一度は笑った。











奇人変人誰のこと(君でしょう)











 アトガキ
  11巻のモック・サリヴァンに、まさかのトキメキを覚えてしまった結果の産物・・・・・・登場人物全員奇人変人w
  そういうあなたが好きだったりするんです。意外とお似合いだと思うけどね・・・・・・

Photo by Microbiz

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