【すべてのもののなかで   先立つものは「こころ」である
すべてのものは「こころ」を主とし   「こころ」によってつくりだされる・・・】

「アンバーグラウンド教典」第一偈

        夜が明けることのない、ここアンバーグラウンドで、誰もが支えとするその教え。
  そして、その「こころ」が込められた手紙を配達する、郵便配達員―テガミバチ―通称「BEE」。
 「BEE」の仕事は「こころ」を運ぶこと       だが、誇りあるその仕事をする人間の「こころ」がそれに見合うかどうかは・・・一部の「BEE」については疑問もあるわけで      .











  「は?」

  ピクリと片頬を引き攣らせたモック・サリヴァンに、はもう一度夢見るように溜息を吐いた。

  「だからね、すっごくカッコいいんだって」

  またモックの頬がピクリと引き攣ったが、は気にすることなく微笑を浮かべた。
  「ホント、いい男だったの       フィリップ・ラノワ       って」

  「へぇ・・・」
  相槌を打つモックの額に、見紛うことなく青筋が浮かんでいた。











イケナイことしませんか











  話は一ヶ月ほど前に遡る。
  ユウサリ中央―セントラル―近郊、ベラドンナに住むフィリップ・ラノワの元へ、が一人で配達に向かったことが全ての始まりだった。

  通常配達、それも近場。
  いくら「BEE」としての成績が悪かろうが、その程度の配達なら何の問題もないはずで、誰も心配していなかった。

  だが!!
  は、肝心の手紙を受取拒否され、郵便館―ハチノス―に戻ってきたのだ。

  宛先不明、受取人不在、受取拒否       そう珍しいことではない。
  手紙を数多く正確に配達することを要求される「BEE」なら、運が悪かったと思って次の手紙の配達へ向かうだけだ。

  なのに!!
  は、フィリップ・ラノワ宛の郵便物があれば、次も自分に行かせて欲しいと申し出たのだ。

  受取拒否に対するリベンジ       にしては珍しくやる気ある言葉に、周囲は目を丸くしながらも喜んで承諾した。

  唯一人、モック・サリヴァンだけがの正気を疑ったのだが。

  そして!!!
  それから一週間も経たないうちに、再びフィリップ・ラノワ宛の手紙が投函された。
  足取りも軽く配達へ向かったは、やはり受取拒否を喰らって戻ってきた。
  リベンジ叶わず落ち込んでいるかと周囲の気遣いにも構わず、は再びフィリップ・ラノワ宛の手紙の配達を希望した。

  そして       三度、はフィリップ・ラノワ宛の手紙を携えて、ベラドンナへと向かった。

  そしてやはり       受取拒否を言い渡されて、配達を完了出来ずに戻ってきた。

  落ち込んだ様子もなく鼻歌でも歌いそうな調子で、次も自分に配達に行かせて欲しいと言ったに、周囲もようやく何か変だと気付いたらしい。

  だが、受取拒否になる可能性の高いフィリップ・ラノワ宛の郵便物を進んで配達したがる「BEE」は、他にいなかった。
  それはそうだ。
  配達未完了となれば、仕事の評価に係わる。査定に響く。出世が、給料が・・・・・・その点、元々成績のあまりよろしくないなら、すでにその辺りを気にする必要もない。

  結局、頻繁に投函されるフィリップ・ラノワ宛の手紙は、が配達し、受取拒否を言い渡されて、ハチノスへ返還、凍結物件―コールド・レター―として処理、というのがお決まりのコースとなった。
  モックも、今更の成績が下がろうがどうでもいいし、自分に対して害もなかったので今日まで放っておいたのだが。

  本日。
  とうとう被害が自分の元に転がり込みそうな気配に、モックはようやく重い口を開いたのだった。
  曰く、どうしてフィリップ・ラノワ宛の手紙の配達にこだわっているのか       と。

  それに対する、の回答が、冒頭のアレだった。

  青筋くらい立つだろう。
  いくら冷静沈着無感動で通っているモックでも、この回答には正直腹が立った。

  だって!!!

  まるっきり意味が分からない!!!

  怒りを湛えた目でを睨むも、本人はまったく気付いていないのか、それともモックのことなど眼中にないのか、相変わらず幸せそうに微笑んでいる。

  「ラノワさんって、本当に漢の中の漢〜って感じで! あの無骨で不器用で無口な感じが最高なのよ!!」
  「あっそう。」

  ピクリと自分の頬が引き攣るのを自覚しながら、モックは冷たく相槌を打つ。

  「そうなの! もう、超いい男!! はぁ・・・マジで、カッコいいんだよねぇ」

  夢見るように呟くに、とうとうモックの中で何かがブチッと音を立ててキレた。

  「意味が分からない!!!!!疑問!!!!!」
  「え? そう?」
  「おかしい!!! 理解不能!!! それと、これと、関係あるのかっ?!!!!!!」
  小首を傾げるに、モックはビシッとが腰掛ける椅子を指さした。

  どうして、配達に行って、椅子を買ってくる?!!!」

  「え? アリでしょ? だって、ラノワさんが作ってるんだもん」
  シレっと答えるを、モックはギロリと睨みつけた。
  「そのラナワだかハナワだかの作ったものを、手紙を届けに行っただけのお前が買ってくる?!」
  「だって、いい椅子なんだもん!!」
  開き直ったが、その椅子の上で偉そうにふんぞり返った。

  「だって、ラノワさんの作ってるこの椅子、座ってると気持ち好くなるの!! 最高の椅子なんだもの!!
   あのね、ラノワさんの家って、石山の上にあってね、配達する度に山登るわけ!
   で、家の前に置いてあるこの椅子に疲れて座るわけよ!
   そうしたらもう、立つのが嫌になるくらいなの!! ずーっと座ってたくなっちゃうの!!
   そんないい椅子、欲しくなるに決まってるじゃん!! 買ってきちゃうわけじゃん!!!」

  力説するを、モックはジロリと睨みつけた。

  「百歩譲って、、お前が配達を二の次にして椅子を買ってしまったことは、この際放ってもいい。いや、放っておこう。
   別に、俺に害はないしな! お前が配達をサボって「BEE」としての評価を落とそうが、無駄遣いをしてただでさえ少ない給料を減らそうが、

   俺には全く関係ないしな!
  「え〜、なんか酷いこと言ってる!」

  「知らないな! 関係なし!!
   が重い椅子を持ち帰ったせいで腰を痛めようが、給料前に生活費が底を尽こうが、な!!」

  「え〜、そしたら次の給料日までモックのとこ転がりこんでやる!!」
  「却下!!!!!

  はっきりと言い放ったモックに、が不貞腐れたように口を尖らせた。
  モックは構わず、もう一度が座る椅子と、その横に置かれたもう一対の椅子をビシリッと指さした。






  「それを何故、俺の部屋に持ってくる?!!!」






  「だって、私の部屋狭いんだもん」

  「お前が買ったんだろ!! 勝手に俺の部屋に置くな!!!」
  「いいじゃん。この椅子、最高だよ? 座ってると、体の芯から温まるし!」
  「どこがだ!! 冷やっこいだけの石の椅子だろ!!」
  モックの言葉に、が馬鹿にするようにニヤリと笑った。
  「駄目だね、モック。この椅子の原石はね、サンゴ・チリ・ストーンって言ってね・・・」

  知らん!! そんな無骨で色も変な椅子に、座る気もない!!」
  「まぁまぁ、そう言わずに座ってみなって!!」
  断る!! 俺はお前と違って、配達で忙しいんだ!!」
  「ちぇっ! ・・・・・・ま、いっか。とりあえず、この椅子はモックのとこ置いてくから」
  にっこりとが微笑む。
  「私この椅子好きだから、毎日座りに来るから」

  「・・・・・・・・・」

  「とりあえず、明日も来るから」

  「・・・・・・そういう魂胆か?」

  「あ〜明日はシナーズの美味しいパンが食べたいなぁ〜」

  「・・・給料日に関係なく俺の部屋に転がりこむ気だな?
  「何のことかしらん?」
  そう言うの目が悪戯っぽく光っている。

  間違いなく確信犯だ。モックは溜息を吐いた。
  「・・・・・・そのハニワだかがそんなにいいんなら、そいつんとこに転がり込めよ。好きなんだろ?」
  モックの言葉に、がキョトンと首を傾けた。
  「カッコイイと好きは別物でしょ?
   カッコイイ漢なら、ラノワさんの他にも、サンダーランド博士とか、ジギーとか。ロイド館長だって、そう言えなくもないし?
   そんなことより、この椅子ホント気持ちよくて、座ってると眠くなってくるのよね〜」

  「なら、さっさと帰れ」

  「は!! ラノワさんにベッド造ってもらえばいいんじゃない!?
   凄い!! 私って天才かも!!!」

  ウキウキし出したに、モックは溜息を吐いて天を仰いだ。

  もしもが本当にベッドなんかを作成依頼して購入した証には、間違いなく自分の部屋に運び込まれるわけで・・・・・・
  そんなことになったら、理性というものにかけなくてもいい負担をかけるのは目に見えていて・・・・・・

  多少自らの配達成績を犠牲にしても、今はまだそれだけは阻止しなければいけないと、モックは深い溜息にそんな想いを滲ませたのだった。











イケナイことしませんか(試すな!)











 アトガキ
  モック・サリヴァンがフィリップ・ラノワ宛の手紙を面倒そうに配達する理由・・・こんなだったらキュンとしませんかw
  結局お似合いなんだけど、一緒に住んだら・・・認めるってことだろ?

Photo by Microbiz

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