「安心しろ。すぐに、あの男と一緒に殺してやるさ」

それを願ったこともある。でも       今は違う。
今は・・・・・・例えここでアタシが死ぬことになっても、ランチアだけには生きていて欲しいと、そう祈ってる。





















  (!!? あ・・・・・・)
  マズイ       そう思ったときには、遅かった。
  意識が真っ暗な穴に吸い込まれ、次に浮上したときには、どこかも分からない場所にいた。
  「よぉ。お目覚めかい?」
  床に積った埃が最初に視界に映った。手を動かそうとして、体が縛り上げられていることに気付いた。
  「とりあえず、あんたは其処に転がってればいいから」
  軽薄な男の声に、視線を動かせば、声に似合った顔の男がニヤニヤと笑っていた。
  「あんた、餌ね。ランチアってやつを殺るための」
  使われた薬のせいか、ぼんやりとする頭で、湧き上がる嘔吐感を必死で堪えた。
  「分かってると思うけど、暴れたり、逃げようとしたりしたら、即行死んでもらうから」
  楽しそうに笑う男に、嫌悪感しか抱かなかった。
  「餌が生きてる必要ないんだけど・・・まぁ、先に死ぬか、後に死ぬかの違いだけだし?」
  拘束されているのに、目隠しをされていない理由を、ぼんやりと悟った。
  この男は、自分を生かしておくつもりはないらしい       と。





















  「・・・・・・・・・」
  「ランチア殿・・・」
  バジルはそっとランチアの名を呼んだ。
  ランチアの鬼神のごとき戦い振りは、先のリング争奪戦のときに見ている。だが、それでも。
  今目の前に、背を向けて佇むランチアから伝わってくる凄まじい怒りは、それと比べようも無かった。
  優しいランチアしか知らないわけではない。戦いのなかに身を置くランチアも見ている。だが      .
  「・・・ランチア殿・・・・・・」
  バジルは、ランチアの放つ怒気に、背筋を振るわせた。
  バジルには、何も分からない。
  ここに来るまで、ランチアは一言も発しなかった。後を追うのがバジルには、やっとだった。
  バジルは、ランチアの視線の先に目を向けた。
  立派な墓石だ。きっと立派な人だったのだろう。
  だが今、その前に捧げられた花束は、無残に枯れている。
  線香代わりに供えられたらしい煙草は、二つに折れ、ここ数日の夜露に濡れ、葉が流れ出している。
  「・・・頻繁に訪れてくれる人がいないのでしょうか・・・・・・」
  自分が殺した者の遺族を謝罪に廻っているランチアが訪ねるのだから、恐らく、彼が殺した者の一人なのだろう。
  遺族はいないのだろうか? だから、こんなふうに      .
  「・・・・・・っ」
  「!! ランチア殿?!!」
  握り締められたランチアの掌から、血が流れ出しているのに気付いて、バジルは慌てた。
  左脚の怪我だって痛まないはずないのに、ランチアは何も言わずにここまで来た。本当は、立っているのだって辛いはずだ。
  「一体、どうされたのですか?!」
  慌てて止血しようとするバジルに構わず、ランチアはさらに拳に力を入れた。
  「・・・・・・俺の・・・俺のせいだ・・・!!」
  「ランチア殿・・・・・・?」
  吐き出された言葉が怒りよりも絶望に満ちていて、バジルは困惑を浮かべたまま、立ち尽くすランチアを見つめることしかなか出来なかった。





















  「ったく!! 何で来ねぇんだよ!! ランチアって男はよぉう!!?」
  荒々しく怒声を上げる男を、はそっと笑った。
  縛り上げられた両腕は長時間の拘束に痺れて感覚がない。喉だってカラカラだった。
  それでも、苛々とする男のことが可笑しくて、は薄っすらと笑みを浮かべた。
  「なに笑ってんだよ!!!」
  の嘲笑に気付いた男が、足音荒く近づいてくる。笑いを浮かべたままのを乱暴に引き摺り起こして、男は手荒く頬を張った。
  「てめぇ、分かってんのか?! お前は見捨てられたんだぜ!!」
  その言い方が可笑しくて、は喉の奥で小さく笑い声をあげた。
  「なにが可笑しい!!? てめぇ、狂ってんのか!!? 恋人に裏切られて、何が可笑しい!!?」
  「あはははははははは!!」
  とうとう声をあげて笑い出したに、男は気味悪いものでも見るかのような視線を向けた。
  「ははは!! 馬鹿よ・・・あんた、本当に馬鹿・・・」
  一頻笑ってからは、男を見据えて掠れた声で告げた。
  「ランチアがアタシの恋人? 馬っ鹿じゃないの? あぁ、馬鹿なのか・・・・・・」
  「何だと?!!」
  「来るわけない。来るわけないのに!!ランチアとの間に、そんな甘い感情、あるわけないのに!!」
  「!!? ・・・てめぇ、ランチアってやつの女じゃなかったのかよ?!!」
  「違う。ただの、ランチアに家族を殺された遺族の一人よ・・・それだけよ・・・」
  皮肉気に頬を吊り上げたに、男はヒクリと頬を引き攣らせた。
  「・・・・・・お前を餌にすれば、ランチアってのが来るって聞いたのに・・・ガセかよっ!!!」
  「残念ね。誰に聞いたか知らないけど、踊らされたのね」
  「・・・いいや、元ボスの一人娘が誘拐されたと知れば、謝罪回りをするような奴だ・・・きっと・・・・・・」
  「それに、ランチアは今、イタリアにはいない。聞いてなかった?」
  思いっきり意地悪に囁かれたの言葉に、男の顔が真っ赤に染まった。
  「このアマぁ!! 図に乗りやがって!!!」
  振り下ろされる拳に意識が飛ぶまで、は声を嗄らして男を笑い続けてやった。





















  (・・・・・・・・・なぁんだ・・・まだ、生きてる・・・・・・)
  霞みがちな視界に映るのは、相変わらず狭く汚い埃まみれの床で、は途切れがちな意識の下でぼんやりそう考えた。
  「だったら何故!!? 何故、ランチアってやつは来ないんだ!!? 依頼と違うじゃねぇか!!!」
  (・・・・・・まだ言ってんの・・・馬ぁ鹿・・・・・・)
  意識を取り戻す度に、男の怒声を聞く。可笑しくて笑う度に、また意識が飛ぶほど暴力を振るわれる。
  その繰り返しだ。捕まってからどれだけ経ったのか       日さえ差し込まないこの場所では分からない。
  痺れてとっくに感覚のない腕も、身動き出来ないほどの体中の痛みも、唾液さえ湧かない口内も、もうどうでもいい。
  ただ、が気になって仕方ないもの。それは      .
  (ランチア・・・・・・来ちゃ、駄目・・・)
  それだけだ。こんな男に、ランチアが負けるとは思わない。でも、ランチアには少しでも安全な場所にいて欲しい。
  死ぬことで、ランチアは辛い遺族への謝罪の旅から解放されるかもしれない。だけど、ランチアには生きていて欲しい。
  たとえ、ランチアがそれを望まなくても      .
  (・・・ランチアまで死んだら・・・もう、何もない・・・・・・)
  可笑しな話だ。が死ねば、この世にランチアが生きていようがいまいが、もうには関係ないのに。
  それでも、ランチアには死んで欲しくない。生きて、生きて、生きて・・・・・・また、笑って欲しい。それだけだ。
  「はぁ!? それ、本当かよ!!? ランチアは、とっくにイタリアに戻ってるだと!!? だったら、何で来ねぇんだよ!!!」
  耳が拾った会話に、は薄っすらと笑った。
  (・・・戻って来てた・・・なのに、来なかった・・・・・・あぁ・・・よかった・・・・・・)
  ランチアはに会うことを拒んだのだ。
  約束を守らないことを選んだのだ。
  に縛られることを止めたのだ。
  謝罪の意識に苛まれることから解放されたのだ       あんなに、ランチアと再会することを望んでいたのに、今湧き上がったのは安堵だけだった。
  と係わることをやめたのなら、この絆を断ち切ったのなら、ランチアがココに来ることはない。
  ランチアが、命を危険に曝すこともない。
  こんな惨めな姿を、ランチアの目に曝すこともない。
  (・・・ホント・・・よかった・・・・・・・・・もう、安心・・・・・・)
  「何、笑ってんだ!!! いい加減にしろよっ!!!」
  男がを蹴りつけた。いつの間にか電話を終えていたらしい。
  蹴られた反動で、の体は壁にぶつかった。だけど、不思議と痛みは感じなかった。
  微笑さえ浮かべているの襟首を、男は乱暴に引き起こした。
  「おい!! お前、本当に見捨てられてたみてぇだぞ?! ランチアってのは、とっくに戻ってきてるんだとよ!!」
  「だ、から・・・?」
  「何で、てめぇに連絡のひとつもねぇんだよ?!! あいつの女じゃねぇのかよ?! 大切にされてるんじゃねぇのかよ?!」
  「はは・・・馬、鹿・・・」
  「!!!」
  乱暴に床に叩きつけられた。
  ガチャリと、どこかで遠くで音がして、冷たい感触が頭に押し付けられた。
  「・・・だったら、てめぇは用無しだ!! 死ねや!!!」
  (ランチア・・・・・・ごめん・・・・・・)
  死ぬことは怖くないと思った。ただ、もうランチアに会えないのが怖かった。
  死ぬことに後悔はないと思った。ただ、ランチアが自分の死まで背負いこむようなことになったら堪らないと思った。
  死ぬことを厭いはしないと思った。ただ、ランチアと一緒に生きていくという夢を見続けたかった      .
  (・・・ランチア・・・・・・)
  思うのは、ランチアのことばかりだった。
  だから、なのだろう。
  来て欲しくないと思っていたのに、ランチアの幻を見た。
  「!!
  もう聴けないと思っていたのに、ランチアが呼ぶ幻聴を聴いた。
  「貴様ぁ!!
  こんな無様で、惨めな姿、幻にでさえ、見られたくなかったのに       神様は意地悪だと思った。
  「暴蛇烈覇!!!
  もう会えないのに、こんなに格好いいランチアの姿を見せるなんて       意地悪な神様には皮肉気に唇を上げた。
  それなのに、どんどん暗くなる視界に、ランチアの姿が消えていって       本当に、神様は意地悪過ぎだと思った。
  「!!
  でも       最後に聴くのが大好きなランチアの声なんて、神様はなんて粋なんだろうと、は微笑みを浮かべた。
  (でも・・・幻でも・・・・・・来ちゃ、駄目なんだ・・・ランチア・・・・・・)
  そう告げられただろうか       の意識は闇の中へ落ちていった。





















  「!!!」
  ランチアは部屋の隅に倒れるに駆け寄った。
  踏み込んだとき、男がの頭に銃を押し当てているのを見て、我を失った。
  蛇鋼球を揮ったときには、何も考えていなかった。
  男を倒して、に駆け寄って、その体を抱き起こした。
  「・・・!!」
  男に銃を突きつけられていたときには意識があったように思ったが、それはランチアの願望だったのか       傷だらけの体、堅く閉ざされた瞼、動かない四肢、力なく落ちる頭       それは亡骸にしか見えなかった。
  「!! 俺は・・・!! っ!!!」
  大切な人を自分のせいで失うのは、もう耐えられなかった。
  骸に操られ、大切なファミリーの仲間を自らの手で殺した。そして今、自分の咎のせいで、また、大切だった人を失ってしまうなんて      .
  ・・・!! 俺を一人にしないでくれ!! 必要なんだ、俺には・・・・・・!!!)
  「ランチア殿・・・・・・」
  傷ついた女性の亡骸をきつく抱きしめるランチアの背中を、バジルは唇を噛み締めて見つめていた。
  何と声をかければいいのか、分からない。女性が誰か知らないが、きっとランチアの大切な人だったのだろう。
  それぐらい、見れば分かる。だって、女性の手が      .
  「?!! ランチア殿!!」
  バジルは慌ててランチアに駆け寄った。
  「生きていらっしゃいます!!」
  「!!!」
  悲しみに濡れていたランチアの瞳が驚きに見開かれた。
  「急いで病院へ!!」
  バジルの言葉に、ランチアも頷いた。
  力を失って落ちていたはずのの手が、ランチアのスーツの裾を握り締めていた。
  !!!)
  まだ間に合う       その希望に縋って、ランチアはを抱えて走り出した。











はなさないで











 アトガキ
  ・・・・・・ランチアは本当に漢だと、そう思うのは同時進行でディーノ夢を書いているからでしょうか?
  言葉はいつも飾られてて、本当のことなんて、きっと言葉じゃ伝えられない・・・・・・

Photo by 水没少女

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