出会ったことが間違いでも、それでも そう思えたから、抱きしめるための腕を伸ばす。
たったそれだけの勇気が欲しかった。
愛してる、それだけを伝えられる勇気が .
「はぁ、はぁ・・・・・・この、香り・・・・・・」
一本の樹の前で、は足を止めた。
降り出した雨が、徐々に激しさを増して空から落ちてくる。雨に濡れながら、はその場に立ち尽くした。
むせかえるような濃厚な花の香りの中で、小さな子供たちの笑い声が聴こえた気がした。
俺が、のこと嫌になるわけないじゃんか!! .
「・・・・・・・・・だったら、ずっと、一緒にいても、いいの・・・?」
は俺の大事な友達だ!! ずっとずっと、一緒にいてくれよ!!! .
「・・・・・・・・ありがとう 」
(そうだ・・・・・・私は、ここで、彼の名前を呼んだ・・・・・・約束を、した・・・・・・)
不意に浮かんできたイメージに、の心が激しく揺さぶられた。
(そう・・・・・・彼のために、あの曲を )
「!!!」
聴こえた声に、はゆっくりと目を開けた。声変わりを得て低くなった、耳に心地好い音だった。
振り返れば、と同じように雨に濡れた姿があった。小さくて、弱虫だったのに、いつの間にか大切なものを守れるほど強くなっていた頼もしい姿だった。
なのに今、雨に濡れながら、泣きそうな顔でを見つめている。昔と同じように .
「・・・中に入ろう・・・・・・風邪をひいちまう」
戸惑いながら差し出されたその手に、は動けなかった。
の心は大声で叫んでいた。彼が必要だ、と。
彼こそが、がずっと想い続けていた人だ、と。
彼こそが、にとって唯一の生涯愛を誓える人だ、と そう、はっきりと悟った。
だが、は動けなかった。想いが募りすぎて、どうしていいのか分からなかった。それに .
(私は・・・・・・まだ、あなたの傍にいる資格があるの・・・? あなたを愛して、いいの・・・・・・?)
不安に揺れたの瞳に、ディーノは決意を固めた。
「必要なんだ。たとえ、記憶がなくたって。たとえ、幸せに出来なくても。
気付いたんだ・・・・・・いや、本当はずっと前に気付いてた。俺は、君を嫌いになんてなれない! !!!」
「ディーノ!!!」
もう1秒だって待てなかった。はディーノの腕の中に飛び込んだ。
「ディーノ!! ディーノ!! ディーノ!!!」
その名前を叫びながら、はディーノ頬に両手で触れた。
「ディーノ! 愛してる・・・愛してるの!!!」
そう告げて、は自分からディーノ唇に口付けた。
すぐに、の体は息も出来ないほどにギュッと抱きしめられた。
他のことなんて何も考えられないくらい、体の底からディーノへの愛が湧き、の胸を焦がしていく。
「ずっとずっと、ディーノだけを、私、愛していたの!!」
やっと言葉にした想いに、は溢れんばかりの喜びを感じていた。
両腕をしっかりディーノの首筋に巻きつけて、はその胸の鼓動を聴いた。
ディーノの腕に力がこもり、強く強くを抱きしめる。
「許してくれ、・・・・・・」
の髪に額を押し当てて呟かれたディーノの苦しげな懺悔に、は思わず体を硬くした。感じていた喜びが、一気に不安へと裏返る。
「俺は、・ファミリーを、君の父親を殺した・・・! それに、君を閉じ込めるようなことも 」
抱擁を解いて、ディーノがの両腕を掴んだ。
「 それに、それに、俺は君に銃を向けて・・・・・・!!!」
今にも泣き出しそうに、眉間に皴を寄せて苦しげにディーノはに謝罪の言葉を告げる。
「君を傷つけて・・・俺は、君の笑顔まで奪って・・・笑っていて欲しかったんだ! なのに、俺はそれさえ出来ずに・・・!!!」
胸の奥から搾り出すように言って、ディーノは再びの髪に額を押し付けた。
「許してくれなんて・・・愛してるなんて・・・・・・俺が君に望めるはずないのに・・・!!」
ディーノの声が震えていた。
(ディーノが泣いている・・・・・・)
「ごめん、・・・せっかく、作ってくれたのに・・・・・・」
「・・・平気よ。全然平気」
「・・・ごめん・・・ごめん、・・・俺・・・・・・」
「やだ!!泣かないでよ・・・ディーノ!! ディーノが泣いたら、私まで・・・・・・・・・」
「だって、俺が、あの指輪、失くしちゃったから・・・・・・」
「・・・もう。泣き虫ディーノ・・・・・・私、笑ってるディーノの方が好き・・・だから、泣かないでよ・・・」
昔からそうだった。いつも、ディーノが先に泣いて。
溢れ出した涙を拭いながら、は顔を上げた。
あの頃と同じ、指輪をなくして泣いていたあの日と同じ、不安に濡れたディーノの瞳がそこにあった。
「・・・泣き虫ディーノ・・・私、笑ってるディーノの方が好きよ・・・・・・」
涙と雨に濡れたディーノの頬に、指を添える。
「・・・だから、泣かないで」
ディーノの唇に、軽く触れるだけのキスをして。
「笑って、ディーノ。そうしたら、私もきっと、笑えるから」
「、俺は・・・・・・」
「いいの。ディーノ、もう、いいの。だから、お願い。笑って?」
ディーノを優しく抱きしめて、は強請った。幼い子供を励ますように、その頬にキスを送る。
「ねぇ、笑ってよ、ディーノ」
「・・・・・・今、君は幸せかい?」
「もちろんよ。だって、ディーノと生きていけるんだから」
の答えに、ディーノの顔が綻んだ。
(ディーノ・・・・・・大丈夫・・・私たち、きっとやり直せるわ・・・あの頃みたいに、笑いあえる・・・・・・!!)
ディーノの笑顔に、その確信を抱いては心の底から嬉しく思った。
その喜びを自然と顔に表したに、ディーノは躊躇うことなく口付けた。
いつの間にか雨が止んでいた。
差し込む光が、二人の周りでキラキラと水滴に反射して眩しく輝いていた。
「あら、ちゃん!!おめかししちゃって、デートかい?」
「分かります?」
「そりゃぁ分かるに決まってるじゃないか!! 好きな人と会うとき、女ってのは輝くもんなんだからさ」
頬を赤らめて微笑むに、花屋のおばちゃんは手際よく小さな花束を作り上げた。
「持ってお行き」
「!! いいんですか?」
「いいの、いいの! どうせ、ディーノ坊っちゃんは、気が利かないから、花束なんて持ってこないだろうからさ」
豪快に笑うおばちゃんに、も笑いながら頷いた。
「ディーノ、ですから・・・・・・」
「御代はいいよ! 街を守ってくれているキャバッローネ10代目ボスの彼女に、プレゼントしたんだ。
御代はもう貰ってるようなもんさ!!」
財布を出そうとしていたに、おばちゃんは優しく微笑んだ。
「可愛い娘に貰われて、花だって喜んでるよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑顔を浮かべて頭を下げたに、おばちゃんが通りの向こうを指差した。
「ほら、お急ぎ! ディーノ坊っちゃんが迎えに来たよ!!」
「はい!! 本当に、ありがとうございます!!」
もう一度頭を下げて、は走り出した。
太陽を思わせるような暖かさで輝く金の髪に、視線が吸い寄せられる。
「」
鳶色の瞳が優しい光を宿して、を待っている。
「ディーノ!!」
知らず知らずに溢れ出した喜びに、彼も微笑んで、花束の代わりに優しいキスを与えてくれた。
笑顔にキス
<完>
アトガキ
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