彼は、きっとアタシのことが嫌いに違いない。
だって、アタシは、彼にとって、いつまでも過去の罪を意識させる、裁判の日の天使だから。
けっして、許してはいけない。
だから、彼はきっと、アタシが嫌いだ。





















  「次へ行くの?」
  「ああ」
  「そう、わかった」
  当然のようについて来るに、ランチアは足を止めた。
  「どこまで、ついてくるつもりだ?」
  「さぁ?アタシにも分からないわ」
  「俺はもう、人を殺さないと誓った」
  「信じない。ランチア、あなたの言葉を、アタシはもう信じない」
  「・・・・・・」
  「次は、誰の墓前へ?ジャンピエール?それとも、アヴァーロ?」
  「・・・ボロニアルだ」
  「ああ、ボロニアルね・・・5年前は、新婚だったわね」
  「・・・・・・」
  「奥さん、今も同じ家に住んでるわよ、一人で。あぁ、違ったわね、元・奥さん、か」
  何がおかしいのか、はゆっくりと片頬を笑みのカタチにつりあげた。
  「良かったわね。彼女なら、復讐心から、あなたを殺してくれるかもよ?」
  「この命、差し出すことに躊躇いはない。それで、すこしでも残された者の心が癒えるなら」
  「信じない。あなたが、アタシの目の前で死ぬまで、アタシはその言葉を信じない」
  「俺は、お前に殺されても構わない。それで、お前の気が済むなら」
  「馬鹿にしないで。そんなことで、許されると思ったら、大間違いよ」
  言い捨てて、はランチアを追い越して行く。
  自分のやったことを思い、ランチアは数瞬瞠目して、の後を追って歩き出した。





















  ランチア     彼は、5年前、北イタリアで用心棒をしていたファミリーを皆殺しにした。
  洗脳され、操られていたとはいえ、自分を育ててくれた、家族同然のファミリーを彼は無残に殺した。
  洗脳が解けた今、ランチアは自分が殺したファミリーの家を回り、残された家族に謝罪をして歩いている。彼は、一生をかけて罪を償うと決めたのだ。
  贖罪の巡礼の最初に、ランチアはのもとを訪ねた。孤児だった自分を拾い、家族同然に育ててくれた、ファミリーのボスの家族のもとを。
  まず、のもとを訪ねなければならないと思った。ボスのただ一人血の繋がった娘の復讐のために、自分の命を差し出すことに、躊躇いはなかった。
  訪ねてきたランチアを、は睨みつけただけで、差し出した拳銃に手を触れようともしなかった。
  彼女は、一言、低く呻くようにランチアに言った     許さない。絶対に、許せない     と。
  はランチアを撃つ代わりに、遺族への謝罪について来た。自身は、遺族には会わず、ランチアがドアを叩く姿を眺め、煙草を燻らせ、そしてランチアが次の家族のもとへ赴くのに同行する。会話などない。ただ、ランチアの行動を監視するように付いてくる。
  (当然だ。俺は、の大切なものを奪った。信用など、今更どうして得られるだろう・・・・・・?)
  仲の良いファミリーだった。上下の分け隔てなく酒を飲み、カードをした。本当の家族のようなファミリーだった。
  ボスの娘だったも、よくファミリーに出入りし、皆に混ざって酒を飲み、カードで負けては悔しがった。彼女は、正確にはマフィアではなかったが、間違いなく家族だった。
  あの日、見知った顔ばかりの屍の中にがいなかったことに、ランチアは心の底から安堵した。せめてだけでも安全な場所へと思い、語学留学という理由を押し付けて、彼女をイタリアから出国させた。マフィアではないを骸が見逃したのか、それともランチアの強い思いに操り切れなかったのか、は難を逃れた。
  本当に、が生き残っていてくれて、良かったと心の底から思う。
  もしも、操られたランチアがに手をかけるようなことになっていたら     想像しただけで、足元にぽっかりと真っ暗な穴が開く。
  今更、昔のように笑いあえるなどと思ってはいない。
  許してほしいなどと、口が裂けても言うことはない。
  遺族のもとへ赴く時、背中に突き刺さるの視線があるから、ランチアは迷わない。迷えない。引き返さない。
  たとえ、その視線が殺気に満ちていたとしても     .
  (俺は、ただ、が生きていてくれたことを感謝する。たとえ、憎まれていたとしても・・・・・・)
  5年前よりも随分と冷たくなったの背中を見つめて、ランチアは瞠目を繰り返していた。





















  「ここ。ボロニアルの元・奥さんのところ」
  門柱で立ち止まったが、顎で示した先の扉へ、ランチアは歩を進めた。
  「さっさと行けば?」
  「ああ。行ってくる」
  「殺してもらえれば、この贖罪の旅も続けなくてよくなるわね」
  「そうだな」
  「・・・死んで、許されると思ったら、大間違いよ」
  「分かっている。俺の罪は、決して消えない」
  「そうよ。背負い続けなさい」
  門柱に寄りかかり、ランチアの背中を睨みつけながら、が言葉を投げつけた。
  わずかに頷いて、ランチアは扉を叩く。
  その音を聞きながら、は煙草に火を点けた。





















  (どうして、戻ってきたのよ、ランチア・・・・・・)
  煙草の煙を見つめながら、はランチアの背中を思い出す。
  重い覚悟を決めた、悲しい背中     見送るたびに、泣きそうになる。もう二度と、見ることはないかもしれないと思うと、叫びだしたくなる。
  その度に、自分自身に言い聞かせる     あの男は、父の仇だ、ファミリーの仇だ、家族の仇だ     と。
       許すな、絶対に、許してはいけない男だ     と。
  (どうして、アタシの前に現れたりしたのよ、ランチア・・・・・・)
  ランチアが戻ってこなければ、自分が恋をしたランチアと、家族を殺した男を、自分の中で別物にしていられたのに。
  許したら、きっと好きになってしまう。許した瞬間に、ずっと彼に抱いてきた感情を、思い出してしまう。
  それは、許されない。父に対しても、ファミリーに対しても、そしてきっと、ランチアに対しても。
  (だって、ランチアにとってアタシは、犯した罪そのものだ・・・)
  ランチアが、心の底から贖罪を望んでいることは明白だ。そんなランチアの前にがいることは、彼の目の前にその罪を貼り出しているのと同じことだ。が傍にいる限り、ランチアは救われない。
  ランチアが、もっともっと、自分を嫌いになってくれればいいと、は願う。そうすれば、きっと自分もランチアを嫌いになれる。
  は煙草の煙を吐き出して、目を閉じた。
  浮かぶのは、この5年間、ずっと脳内で再生してきたランチアの笑った顔     .
  (本人がいるのに・・・・・・侘しいわね・・・)
  5年前よりも随分と痩せたランチアの顔を見ながら、は短くなった煙草の火を消した。





















  「また死に損ねたのね。ご愁傷様」
  「お前の言う通りだ・・・死んで、許されることではない」
  「そうよ。死んだって、絶対に許さない」
  門柱に預けていた背を起こして、は片頬だけをゆっくりとつりあげた。
  「許してなんかやらない。絶対に」
  「ああ。分かっている」
  口を引き結び、ランチアが頷いた。
  「次は?」
  「カンパネラのところだ」
  「そう」
  頷いて、が歩き出す。その後を、ランチアがまるで護衛のようについていく。
  二人の距離は一定を保ったまま、決して近づかず。巡礼は続く。





















あいつは、きっと俺のことを憎んでいるに違いない。
なぜなら、俺は、あいつにとって、世界を滅ぼした大罪人だからだ。
許されることはない。
だから、あいつは、俺のことを憎み続けている。











愛せない、の意味











 アトガキ
  いつか書きたいと思っていた、思っているだけだったランチアを、こんなカタチで書くことになろうとは・・・
  それは、けっして抱くことの許されない感情・・・

Photo by 水没少女

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